THANK YOU!!-3
教室に入ると、大体の生徒が揃っていた。
なかには、低学年のときに同じ学童保育にいた仲間も混じっている。
どこに座るか考えていると、黒板に、
“最初なので、どこでも自由に座って欲しい”と、担任からのメッセージがあった。
担任は、中岡由梨先生。
去年長野から赴任してきた教師で、社会科を受け持つ。
生徒からの信頼も厚い方だ。
瑞稀は、そのメッセージに従い、窓際の一番後ろの席に座った。
本来ならこの席はどこの学校も狙われるが、この小学校の建っている場所が悪く、
夏は直射日光、冬は寒気が一番届く席になってしまっていて、人気なし。
低学年なら座ろうと思うのだろうが、そこは高学年。
4年も通えば分かってしまう。
だが、瑞稀は空を見ることが大好きなので、こういうのは有難いと思っていた。
皆、席を譲ってくれるのだから。
目立つことはしたくないが、自分に得があるなら良いだろうと思う。
「ふぅ・・」
席に無事座れて一安心。
ランドセルを机の横にかけると、窓に目線を写した。
澄み渡っていて、雲一つない青空。
そこに、桜の花びらが時より風に舞って天へ登っていく。
まるで、水色のキャンパスにピンクの水玉を描いているみたいだ。
自分が思った感情に驚きながらも小さく笑みをこぼすと、ふと、右隣から向けられる視線を、察知した。
なんだろう、と思って振り返ると、そこにはあまり見かけたことのない男の子が、
自分の席に座り、じっと瑞稀を見ていた。
その視線に、なぜだか戸惑ってしまう。
「あ・・えっと・・何?」
震える声で、やっと出た言葉はコレ。
その言葉を聞いた男の子は瑞稀に向き直った。
「・・いや。なんか楽しそうだったから」
「・・た、楽しそう?」
「あぁ。笑ってたし」
男の子の言葉で、見られていたのだと分かると顔が一気に赤くなった。
恥ずかしかった。
「え、えっと・・誰?」
真っ赤な顔で一生懸命考えて出た言葉がコレ。
逃げかもしれないが、事実、瑞稀はこの男の子を知らなかった。
「俺?・・鈴乃拓斗。」
「すずの、たくと・・」
名前を聞いてもいまいちピンと来ない。
同じクラスでなかったにしても、本当に覚えがない。
首をかしげる瑞稀に、男の子はぷっと笑った。
「お前は知らなくて当たり前だよ。俺、3年の時に転佼してきて、八神と違うクラスだったからさ」
「あ、そうなんだ・・転校生、納得。っていうか、何で私の名前・・」
「去年最後の算数の少人数クラス、同じクラスだったから覚えてる。」
拓斗は、そう言うと、笑顔を見せた。
この小学校は、算数が少人数クラスでやることになっている。
理由は、苦手科目になりつつある算数を、実力分けをして確実に身につけさせたいという学校の理由だ。
と、いっても、クラスは選択式なので、
苦手な生徒は自然に下のクラスを選び、余裕のある生徒は上のクラスを選んでいる。
瑞稀は、頭がいい叔父に教えられて、算数は良い成績だった。
だが、頭が良い奴と思われたくないので、いつも下のクラスを選んでいた。
その度に、担任から呼び出され、「もっと上のクラスにしたらどうか」と言われるのが毎回だ。
その度に瑞稀は、「面倒なんで、大丈夫です」と、粘り勝ちをしていた。
「頭いいのに、何で下のクラスいるんだ?って思ったら何か自然に覚えた」
「そ、そんな理由で名前を・・?」
今度は呆れて何も言えなくなった瑞稀。
何故かこいつといるが会話の退屈はしないが、ツッコミたい所が満載だ。
「・・お前って、塾とか行ってるのか?」
「ううん。全く。叔父に教えてもらったりしてる」
「叔父さんに?」
「そう。頭すっごく良いから」
家族の事を話したのは、久しぶりかもしれない。
いや、多分初めて。
いつも大人に話すのは祖父母で、自分は黙ってる。
任せられる時は任せようと思っている。
同級生も何か聞いてきても一言、「私、同居人だから」と流せば、それ以上聞いてきたりはしない。
まぁ、簡単に言うと面倒臭がりなだけかもですが。