栄子 前編-8
事が終わった後、栄子はしゃくりあげながら衣服を身に付け、何も言わずに帰って行った。
――――もうダメだ。
明日には学校中にこの話が広がり、俺は母親にも捨てられる。
そう確信した俺は、翌日学校を休んだ。
母親は、食欲のない俺をひどく心配して、「帰りに昭彦の好きなケーキをかってきてあげるからね」と言い残して仕事に出て行った。
俺は昨日以上に無気力に布団に寝転んだ。
学校から連絡が来るのはいつだろうか。
俺は少年院送りになるのだろうか。
母が俺を捨てると言ったら、孤児院にでも入れられるのだろうか。
一日中そんなことばかり考えた。
時計が三時半を回った頃、玄関のチャイムが鳴った。
校長か、担任か、栄子の親か――――あるいは警察かもしれない。
そう覚悟してドアを開けると、そこには昨日と同じように、栄子が一人ぽつんと立っていた。
いや、正確には昨日とは少し違う。
小林は昨日より更に短めのスカートを履いていた。
Tシャツのデザインも昨日着ていたものよりセクシーで、随分大人っぽい雰囲気に見える。
リップクリームを縫ってきたのか、唇がほんのりとピンク色に染まって光っていた。
「……小林……」
何故か真っ赤な口紅をひいた母親の顔が頭に浮かんでいた。
俺の中で、回ってはならない歯車がギシギシと嫌な音をたてて動き始めようとしている。
「宿題……持ってきた……」
栄子がうつむいたまま連絡袋を差し出した。
「……入れよ……」
連絡袋は受け取らずに、俺は冷ややかに言った。
声は出さず、小さくこくりと頷く栄子。
黙ったまま玄関で靴を脱ぐ栄子の後ろ姿は、貪りつきたいほどなまめかしく、突飛ばしたいほど汚れて見えた。
END