第11章 -1
早希は慧次郎と自分の洗濯を済ませると、いつものように納屋に行ってその日の本を選び、台所で二人分のコーヒーを淹れる。一つを慧次郎の部屋に届けると、自室に戻って読書に耽った。会社、仕事、家族…全てが遠い過去のもののような気がするようになっていた。
それほど、慧次郎への愛情が大きくなってしまっていた。
元々父親の会社なのだ。そこに入って仕事する以外特に何も考えていなかったが、本当は自分は何がしたかったのだろう。字面を追うのに倦むと必ずその事が頭をもたげた。どうせこの村の人は私を家に帰してはくれない。時間は売るほどあるんだもの。
これからの事をじっくり考えよう―。そんな風に思うようになっていた。
昼になって慧次郎が襖の外から『ご飯出来たから』と呼びに来た。
早希はいそいそ慧次郎の後に付いていく。
台所には珍しくサンドウィッチが並んでいる。ハムと野菜を挟んだもの、きゅうりだけを挟んだものにエッグサラダ。ハム野菜と卵サンドには辛子バターが効いていた。
『朝がご飯だったからね。たまにはこんなのもいいかなと思って』そう言いながらミルクの入ったマグカップを早希に渡した。陽光の差し込む穏やかな午餐にサンドウィッチという取り合わせがさながらのどかなピクニックを思わせ、早希の心が浮き立った。
そうだ。最近考えていることを慧次郎にも訊いてみようか―。早希はそう思い立って
『ねえ慧ちゃん…』と声をかけた。
『ん?』サンドウィッチを頬張りながら慧次郎が顔を上げると、
『慧ちゃんはさ、今PCに向かってお仕事してるでしょ。将来やりたいこととかって他にはあるの?』何の気なしに訊いた質問だったが慧次郎は顔を歪めた。
思わぬ反応に早希は驚いて『…え?いやあたし、最近何がやりたかったのか分からなくなっちゃって…慧ちゃんはどうなのかな、と思って』詰ったように取られた事に済まない気持ちになりながら早希は慌てて付け加えた。すると慧次郎は表情を緩めて、
『んー…これと言って無いんだ…。正直言って最近まで姉さんと暮らす事だけが夢と言ったら夢だった…』そう言われて思わず早希は照れて、そして切なくなった。
考えたら弟はまだ24歳なのだ。31になって初めて自分が何をしたいのか自分に問い直してる事を考えたら24歳の青年が何をやりたいのか具体的な考えがあったら寧ろ眉唾ものなのかもしれない。
『あたし、今からじっくり考え直そうと思うの。遅いって言われても仕方がない。あたしが考え無しだったんだから…』そう苦笑すると、慧次郎は『姉さんにやりたい事が見つかったら俺、全力で手伝いたい。それも夢にカウントしていい?』
『いいね。二人で一緒の仕事するのも…』
和やかな午餐の後、慧次郎はまた仕事部屋に戻った。早希も洗った食器を片付けるとまた読書に戻った。