第3章-4 -1
早希は隣で静かに寝息を立てている慧次郎を見つめながら、弟が留学先のフランスに訪ねて来た時の事を思い出していた。
早希は、単位を取り終えた大学3年の6月に渡仏し、編入予定の大学の敷地内にある語学学校に入って初めての一人暮らしを体験していた。9月の大学編入に向けてフランス語の勉強に余念がなかったその年の夏休み、両親と三人の弟達が下宿先にやってきた。
この留学は、早希がのちのち高級食材輸入卸業とレストラン事業を営む父の会社に入った時、そこでの経験が役に立てられるだろうとの目論見で、大学入学当初から計画されてきたものだった。
下宿をこまごま検分してひとまず安堵した弦一郎は、窓枠に手をついて後ろの早希を振り返り、
『早希、冬はどうするんだ。こっちの冬季休暇は長いんだろう?』と訊いてきた。
自分のベッドに腰掛けた早希が、
『うん…。でもこちらのクリスマスディナーを色々食べ回りたいの。デジカメ撮ってレポートをメールするから…。…ダメかしら…』と答えると弦一郎は満足気に
『そうか。いいだろう。じゃぁ30日には帰国しなさい。』
早希の勉強机の椅子に座って背もたれに顎を乗せていた慧次郎は、ちらちら二人を上目遣いで交互に見ながらそのやり取りを聞いていた。
早希はそれに気付いて
『慧ちゃん、こっちのクリスマスディナー…興味ある?』と早希が訊くと、
まだ中学校1年生の慧次郎はおずおずと、だがはっきりと『うん…興味ある…』と答えた。
かねてから慧次郎の優秀さに感じ入っていた弦一郎は、『そうか。じゃぁフランス語とテーブルマナーを習熟したら渡仏を許そう。で、早希とクリスマスのこちらの食文化を体験しなさい』と、上機嫌で慧次郎の再渡仏を許したのだった。
連れ子としての遠慮もあるのか、いつもは余り感情を表に出さない慧次郎の顔が瞬間ぱっと明るくなったのを早希は嬉しく思っていた。