第2章-2-1
弦一郎は翌朝一番に捜索願を警察に提出した。
経済誌常連のカリスマ経営者自ら出頭しての捜索願だ。刑事課長以下5名が弦一郎に対応した。まさに下にも置かぬ扱いだ。
事務机で手下の刑事が調書に書きこんでいく。机に安定感がないのか、筆圧が動くとぎしぎし耳障りな音がして弦一郎の神経を逆撫でする。
『それで…犯人の心当たりは…?』
『ございます。』
弦一郎の即答に同席の刑事全員が気色ばんだ。
その反応を満足気に眺めると、息を深く吸い込み、吐く息で
『6年前離縁した元妻の連れ子で神山(こうやま)慧次郎と言う男です。今年24になるはずです。』
『そう断じられる根拠をお聞かせ頂けますか?』刑事課長が慇懃に問うと、
『あの男は娘に恋情を抱いておりました。』
その一言で全員の肩から一気に力が抜けた。全く無い話ではない。だが、31になる、姉弟として15年間共に暮らした女性を24歳の若者が6年ものあいだ異性として執着するものだろうか。親バカ故の勘違いではないのか。
『ですが、村枝さん、その慧次郎さんは18歳から24歳になるまで、一切接触して来なかったのでしょう?』
何やら刑事たちの鼻白んだ空気を察して、弦一郎は途端に不快感を滲ませた。
『それは当然ですよ。あいつが大学卒業するまでの学費は私が出すことになっていた。その私の機嫌を損ねるほどあいつはバカじゃない。しかも娘は先日までフランスに出向していたのだから』
『分かりました。では慧次郎さん…神山慧次郎さんも容疑者の一人として視野にいれながら捜査しましょう。ですが、他には何か心当たりはありませんか?』
刑事主任が宥めるような口ぶりで少しでも情報を得ようと試みる。
刑事の言う“心当たり”とは、早希を誘拐したい動機を持つ他の人物、あるいは娘を誘拐することで弦一郎に恨みを晴らせると考えそうな人物を指していると理解した弦一郎は、しばし頭を巡らせ、それでもかぶりを振って、
『…確かに私を恨む人間は少なくないでしょう。ですが娘を拉致することによって私に復讐しようなどと発想する人間はあいつ以外に考えられない。これは、家族として15年間あの男を見ていれば疑う余地のないことなのです。ですが、今ここでそこをこれ以上細かくは申しますまい。いずれにしても長女が行方不明になって音信不通になっている。それだけは厳然たる事実だ。一刻も早く探し出して頂きたい』弦一郎は深く頭を下げると警察署を後にした。
だが弦一郎は不愉快でならなかった。
何故これほどまでに自明のことをくだくだと問い質されねばならないのか。あんな刑事たちに任せておいても埒があかないのではないのか―。
弦一郎は焦れて警察庁キャリア幹部である母校の後輩に十数年ぶりに連絡を取った。