デッドエンド 155
西の大陸の西岸と、東の大陸の東岸の間は、外端洋と名付けられた大洋に遮られている。
その外端洋を渡ったという意味だろうか。
いや。私はすぐにその考えを否定した。
世界は球状をした、天の無数の星の一つだといわれている。
太古にあったただ一つの巨大陸は、地と海の変動によって西と東とに分かたれた。それがカレンチアとトルプテン、現在人間が版図とする二つの大陸だ。
学者の計測によれば、外端洋をはさむ大陸間の直線距離は、陸路の三分の一以下だ。航路が確立されれば、交易や流通は飛躍的に進歩するだろう。
何百年も前から、無数の船が双方の大陸から出航した。しかし、現在にいたっても、海を越えた船は一隻もない。そう云われている。
二つの大陸を中心に描かれる世界地図の、両端で途切れた空白の領域。それが外端洋だ。私たちの知りうる世界の外の海なのだ。
怪訝に聞き返したが、リオンは気づかなかった。
「あんたに会ってから足止めばっかりで、すっかり予定より遅れちまって」
そう云って、わざとらしいため息をつく。
先ほどの呟きは空耳か、でなければ言葉のあやだろう。陸沿いに海岸線を伝って移動したということかもしれない。陸路に比べて大回りすぎて危険も多い経路なので、個人が旅に使うとはあまり聞いたことがないが。
私はすぐにそのことを忘れた。
「何を人のせいみたいに…」
「クリスのせいのときもありましたよ」
「よく云う」
まったく、と彼のへらず口に肩をすくめる。
とはいえ、それほどあきれたわけではなかった。次の台詞を口にするのに、少し間が必要だったのだ。私は軽口の続きのように、こう云った。
「…待っていてほしいなら、そう言ってくれればいい。待っていてやる。今回の仕事が終わったら、特にやることもない」
リオンは少し驚いたように目を見開いた。
「本当に?」
私は頷いてみせた。
視界の端で、彼の手がぴくりと動いたのがわかった。彼は上げかけた手を、迷うように軽く握り、結局下ろした。
「でも、やっぱりクリスは待たなくていいです。終わってから一緒に行きましょう」
「行く?」
「俺の生まれたところ」
リオンは間髪入れずに答えた。
「いいところですよ。冬は死ぬほど寒いけど。景色だけはいい」
彼の目つきが、ふと和んだ気がした。いつも穏やかだし、はりつめた印象は全くないのだが、このときの彼はそれとは違い、何というのか…とても、人間的だった。気まぐれで、何を考え、何をおもしろがっているのかわからない部分がなりをひそめている。
懐かしんでいるのだ。私にもそれがわかった。
「クリスに見せたい。連れにもあんたのこと見せてやりたいし」