もう一度彼女が行くところ 2
今まで味わってきた快感、羞恥心、そして被虐心がむくむくと膨らんでいくのがわかった。
「お、お願いです。ゆ、許して…下さい…。私、勤務中なんです。亮太、様…」
喘ぐような葵の言葉を聞くと、亮太はニンマリとした。
「そうか、忙しいのか。じゃあ仕方ないな。俺は今度東京に転勤になったんだ。今夜じっくり会おうぜ」
亮太は葵のスカートのポケットに何か紙切れのようなものをねじ込んだ。
「そうそう、お前の住所も、電話番号も全部調査済みだ。逃げられるなんて思うなよ!」
熱い吐息を吹きかけながらそう耳元で囁くと、亮太は応接室を出て行った。
しかし葵は力が抜けてしまい、その場にへなへなと座り込んでしまう。
「何してるの姫宮さん?! お客様がお帰りなのに見送りもしないで! …どうしたの、顔が真っ青よ!」
なかなか戻らない葵を心配して様子を見に来た先輩の水嶋恭子だ。
「す、すみません、水嶋先輩…。ちょっと気分が悪くて…。そ、早退させていただいてもいいでしょうか?」
葵はフラフラと立ち上がり何とかロッカールームまで戻ると、ポケットの中身を確認した。
『山中医療器(株) 第二営業部係長 樫村亮太』
…と印刷された名刺が1枚。そして、
『本日5時 渋谷のホテル『ナインハーフ』で待っている』
…と、乱暴な字で書かれた携帯番号とメールアドレスのメモがあった。
(どうしよう…。私、とうとう見つかってしまった…!!)
あまりのショックでかえって現実感がない。手足が痺れ、頭にはぼんやりと霞がかかったようで何も考えることが出来ない。しかし心臓だけが早鐘のように打ち続けている。
葵は早退届を書いて提出すると、私服に着替えて銀行を出る。そして通りがかりのタクシーを呼び止めた。
「お客さん、どちらまで?」
「246号を世田谷までお願いします…」
タクシーの後部座席で揺られながら、葵は必死に考えをまとめようとした。
一般的な恋人同士なら、葵は亮太をストーカーとして警察に届け出ているかもしれない。
しかし葵は、大学時代の4年間に牝奴隷として徹底的に調教を受けているのだ。
亮太の恐ろしさは骨身にしみている。彼の前に出ると身体がすくんでしまい、どうしても逆らうことは出来ないのだった。
3年前、亮太の前から姿を消す時でさえ、さんざん逡巡し、悩んだ葵である。
葵は既に自分が逃れられない罠に落ちたことを感じていた…。
そうこうするうちにタクシーは自宅のあるマンションに到着した。
葵は再び急いで着替えると、聡のスマートフォンにワンコールを入れる。
これは大学時代に亮太が決めた合図で、『これから家を出ます』という意味だった。
一方、亮太は電車で職場に戻り、上司に今日の成果の報告を済ませると、急いで日暮里の自宅へ。
そこで手入れの行き届いたSM道具一式をアタッシュケースに詰め込むと渋谷駅に向かう。
その途中、山手線の車内でスマートフォンにワンコールがあった。着信が葵からのものであるとわかると亮太はほくそ笑んだ。
(やっぱりあいつはド変態のマゾ奴隷だ…。俺の顔を一目見ただけで震えだしやがった! 3年分たっぷりお仕置きをしてやらなきゃな!!)
電車に揺られている間も亮太の首筋にはねっとりとした汗が吹き出る。
「…チッ。なんて暑さだ! やってられねぇぜ…」
最近の電車は省エネで弱冷房の車両が多く、それが亮太には不満だった。
元来肥満体質で暑さに弱い亮太はガンガンにクーラーの効いた冷え切った部屋が大好きなのだ。
やっとのことで渋谷に着いた亮太はさっそくタクシーを呼び止める。
「おいおっさん、道玄坂までやってくれ」
ここはホテル『ナインハーフ』。
渋谷区道玄坂に古くからあるマニアには有名なホテルで、磔台・木馬などが完備されたSMルームがあるのだ。
チェックインすると、亮太はさっそく葵宛てにメールを送った。
『604号室で待っている』
ディスプレイを打つ指が、興奮のあまり微かに震えている。
無理もない。3年ぶりであの女を調教するのだ。もう二度と自分に逆らう気力がなくなるまで、責めて責めて責め抜いてやる。
亮太にはどうしてもそうしなければならない理由があった。
上着を脱ぎ捨ててネクタイをしゅるりと抜き取りながら、亮太はスプリングの効いたダブルベッドに身を投げ出す。