栞の手記
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ペンネーム
┗中村裕
本文
とあるTという駅で待ち合わせた。 栞は何も考えられなかった。 4月の日差しは、 爽やかでもある空気を澱ませて、 栞の白のブラウスを汗ばませていたのだが、 ブラウスがまるでその栞の素肌のように湿っていたのは、 この季節だからだけだからという訳ではなかった。 これまで幾度もなく自分のことを考えていた。 いや、自分のことを感じていた。 家からT駅への道のりは、 まるで長い白い廊下を永遠に歩かされているようで、 4月であるのに、 夏のかげろうが目の前を覆って居るように感じられた。 何もない誰でもない栞の目の前に飛び込んで来るものはすべて幻想のようであるのに、 家の最寄りのS駅への途中、 クリーム色のダックスフンドが、 赤い首輪を付け、電柱の根元で、 ねずみ色の電柱の根元で、可愛い顔をして、おしっこをしていた、 それだけが、今、栞の脳裏に焼き付いていた。
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