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非線型蒲公英
【コメディ その他小説】

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非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-75

 くぐもった嗚咽が響き渡る遊佐間家のリビング。嗚咽の主は、先程まで酔っ払いに襲われていたアブリスである。
 現在、彼女はソファーの上でうつ伏せになって泣いていた。衝撃的かつ刺激的な体験を、早く記憶素子から消し去るために。
「あ、アブリスちゃん…大丈夫ですか…?」
 その経緯を全て見ていた燐は、その言葉がどれだけ無意味であるかを理解していたのだが、どうしても声を掛けずにはいられなかった。
「だ、だいじょ…っう…ぶ、です…ぅっ…ふぇ…っ…」
 しかし、言葉以外の全てで、全然大丈夫ではないと語っていたが。
「そう言えば…聡達の様子はどうだったのかしら、ね」
 アブリスが開放されてから暫くの間、悠樹持参の酒に舌鼓を打っていた琴葉が、不意にそう呟いた。
 固唾を呑んで成り行きを見守っていた美咲は、一瞬それが自分への質問であることに気が付かず、数瞬後にようやく気が付き、非常に動揺した。
「い、いえっ…その…特に、目立って報告すべき事柄は何もありませんでしたが…」
「いいのよ、そんな風に取り繕わなくても。見た事を、仔細を穿って、全て有りのまま報告なさい」
 その時、美咲の心の中では、聡と妃依に対する信頼と琴葉への忠誠が天秤に掛けられたが、すぐさま後者へと傾いた。重さが段違いだった。
「そ、その…ふ…深く口付けを交わしていました…息を荒げ、幾度と無く…」
 美咲から見た事実を、そのまま話す。言いながら思い出してしまったのか、顔を紅潮させながら徐々に俯けた。
「く、口付け…ですか…? それも深く…」
 慰める為にアブリスの横へと腰掛けた燐が、頬を押さえ、美咲の言葉を反芻した。
「まあ、予測の範疇、と言った所かしら…若い二人ですものね…フフ」
「いいなぁ…私もしたいなぁ…」
 悠樹の場合、『特に誰と』と言う訳ではなく、『誰でもいいので誰かと』というニュアンスなので、周囲を見回し始めた悠樹の視線に捕まらないように、美咲と燐は必死に首を曲げて視線を逸らした。
「そうね、アブリスとはもう『済んだ』事だし…燐か雇われメイドのどちらかと、思う様に『する』と良いわ」
 『私の奢りだから、さあ、遠慮無く食べなさい』とでもいう様な気軽さだったが、燐と美咲にとっては致命的過ぎる一言だった。
「ホント? いいの? やったぁ!!」
 『よくない』と、燐と美咲は思ったが、二人とも、それを口に出すだけの勇気は無かった。
 そして二人は、申し合わせた訳でもなく顔を見合わせると、視線のみでの牽制を開始した。
 曰く、『やはりここは、お前が…』『いえ、そんなわたくしは…』と。微妙に既視感のある光景だったが。
「じゃあ、折角だから、二人としたいなぁ」
「フフ…好きになさい」
 如何ともし難い現実を突きつけられた二人は、ふと、ここには居ない二人の事を思い、そして強く呪った。


 包丁がまな板を叩く音。小柄な後姿。
 いつぞやも…ここで、こんな光景を目の当たりにして、密かな愉悦に浸っていた様な気がする。
 ただ、その時との決定的な違いは――
「マスター!! コンセントをお借りしても宜しいですかッ!? 何故だか、身も心も乾いてしまって!! 今すぐに癒さなければ、積もり積もったストレスが危険な具合に作用して暴走してしまいますよ!? いずれこのままでは近隣住民に対して、それはもう絶望的かつ甚大な被害を…!!」
 余計なのが一人…いや、一体。
「…解りましたから、その辺のを自由に使ってください」
 ひよちゃんは手を止めず、振り返りもせずに、投げ遣り気味に言った。
 しかし、今更思う事では無いが…『コイツ』はどうして平気な顔で主人に料理を作らせて、自分は床にゴロ寝をして主人の家のコンセントから電力を吸い上げつつ、堂々とテレビを視聴する事が出来るのだろうか…曲がりなりにも『メイド』じゃなかったのか…この棒は。
 これなら美咲の方がまだメイドをしていると言えるし、ひよちゃんに至っては、金を払っていないのが不思議な位に働いている。


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