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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-22

「なぜ僕にも教えなかった」
「敵を騙すには何とやら。というか、それ言ったら志野、反対しただろ?」
「当然、反対しただろうね」
「ほれみろ。だからだよ」

自分が誰かの恨みを買うことが恐くはいないのか、こいつは。凧糸のように図太い神経だ。まあ、そういう神経の持ち主でなければそもそもこんな計画を実行したりはしないのだろうが。

「菊地がお前のことを他の購入者に話すことになった。悪く思うなよ。彼の保身には沢崎拓也の名前が必要なんだ」
「菊地? ああ、俺らと連中の仲介をしてくれたお人好し君ね。まあいいさ。どうせあいつらにはチクる度胸はないだろう。美味しい話には裏があるってな。授業料だと思ってもらおうぜ」

傲慢な物言いで唇の端を吊り上げる沢崎。間違いない。周りの連中をバカにしているのは日下部ではなくこいつのほうだ。

「ああ、もういい。過ぎたことだ。お前も日下部も僕を振り回すのが趣味なんだな、クソッたれ」
「あらあら」と沢崎が笑った。

話を聞いているのか、いないのか。日下部はつまらなそうな顔をして細い指で枝毛を探している。もう自分の用は終わったのだという風情。どいつもこいつも、と僕は思った。

「何だかどっと疲れた。やたらと長い一日だった」

倒れるようにテーブルの上に突っ伏した。このまま眠ってしまいたいくらいだが、店内を流れる音楽がまた騒々しい曲に変わった。本当に密度の濃い一日だった。もちろん、悪い意味で。

「ずっと思ってたけど、うるさい歌ね。店に入って一秒で帰りたくなったのは初めて。“がなり声”で客を出迎える店って、接客業としてどうかと思うの」と日下部は言った。
「同感だ。ドアを開けた瞬間に、そこの壁から“がなり声”が聴こえてきたよな。もう死んでいるなら、地獄で唄ってればいいのにさ」
「“がなり声”なんて名前じゃない。ヘヴィメタル。偉大なボーカリストだったんだ。俺の趣味にケチ付けるなよ」

がなり声ではないヘヴィメタルなんて想像もできなかった。好きな人に言わせれば、あれはただ叫んでいるだけではないらしい。たとえそうだとしても、僕に理解できないことに変わりはなかった。誰の出したクソなのかは問題ではない。それ自体がクソであるという事実が問題なのだ。まったくどうしようもない話だ。

「さてと。つまらない話も終わったことだし、ビールでも飲もうか。何に乾杯する?」と沢崎が言った。
「明日も学校だよ」
「だから?」
「バイクで来てる」
「気を付けて帰ればいい」
「――だからさ、ああ、もういいよ。お前に常識を押し付けようとしても無駄だよな。うん。飲もうか」
「利口になってきたな。日下部は? 飲める口か?」
「多分」日下部は頷いた。
「OK。ミックスピザも持ってこよう」
「そう。クソ不味い冷凍ピザをね」僕は言った。
「ここがピッツァ・ハウスに見えるかよ。美味い酒と不味いピザを出すのが仕事なんだ」

沢崎は席を立ち、ビールとピザを求めて消えていく。僕と日下部が取り残された。デートには相応しくない店だな、と店内を見回した僕は改めて思った。
破壊的な音楽が終わり、幾分は静かな曲が流れた。ずっとこういう曲を流していればいいのに。そうすれば、少しは女の子と二人きりという状況にも相応しくなる。
「変な奴」と日下部がボソッと呟いた。とても小さな声で、もう少し距離が離れていたら、静かになったBGMさえに掻き消されていただろう。


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