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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-21

「どうして、その役目が僕たちなんだ」と僕は訊いた。「僕や沢崎よりも面白い奴なら、他にいくらだっているのだろう」

僕の疑問に、日下部はふっと息を止め、それから記憶を辿るように視線を落としてからこちらを見た。二つの瞳が僕を捕らえ、何かを訴えかけるように、真っ直ぐ見詰めてくる。

「シノさ、教室で言ってたじゃない。楽しかったって」
「ああ、そう言えば、そんなこと言ったね」
「そう。普通ならやらないようなことをして、楽しかったって。そう言うことをやる人達なら、もしかしてって、そう思ったの」
「匿名強制のエキストラからの脱却?」
「そういうこと。物語の主役になれたら、私でも“楽しい”かもしれない。監督は任せた」
「やらなきゃ、密告するわけだね。テストの問題のこと」
「そうなるわね。それは私の本意ではないけれど」

日下部沙耶は何も恐れない。沢崎の威光も彼女には通じないし、不正の罰則も甘んじて受けるという。ならば、僕らに彼女の暴走を止める術はないだろう。

「沢崎、どうやら僕らに選択肢はなさそうだぞ。それとも、折角手に入れた金を没収されて停学になるか? 僕は、ごめんだ」
「こいつに媚びろってのか、腰抜けめ。――と言いたいところだが、確かに金を無くすのは、痛いな。停学はまあ、いいとして」

沢崎が憮然とした表情で敗北宣言をする。同年代で彼にこんな顔させることができるのは、目の前にいる日下部だけだろう。
その日下部は何も言わずに婉然と微笑んでいた。笑顔と呼ぶには喜色の薄過ぎる笑い方だ。

「日下部、今、楽しいか?」
「全然」

笑ったまま、彼女は否定した。
思い出してみれば、いつだって、彼女の笑顔は虚飾めいていた。ただそこら辺から拾ってきた笑顔のサンプル品を張り付けたように、ちくはぐな笑い方を彼女はしていたのだ。小さな違和感は、ずっと感じていた。ただ、僕にその正体を見抜くような眼力はなかった。目の前の女の子が“楽しい”という感情を抱くことのできない人間なのだと、そんな発想は浮かばなかった。浮かぶはずもないだろう。

「やれやれ」と僕は言った。
「OK。日下部沙耶さん。交渉成立だ。俺たちがどうにかこうにか貴女を楽しませてみせましょう。その代わりにお前は秘密を守ってくれると。まっっったく、割りに合わないけどな。くれぐれも期待とかすんじゃねえぞ」

開き直ったように明るい口調で沢崎が言った。

「そう。頑張ってね。わんこちゃんたち」
「わん」と投げやりに言った。
「おえっ」沢崎が舌を出す。

こうして僕らの不思議な関係は成立したのだった。
まあ、弱味を握られて日下部の言いなりになっだけ、とも言えるのだが。



「さて、次は僕が沢崎に話したいことなんだが」と僕は言った。
「お次は何だ?」

沢崎は疲れた様子で首の辺りを手でほぐし、面倒臭そうに僕の声を聞いている。もう勘弁してくれと言いたげだが、僕に取ってはこっちが本題なのだ。

「一つしかないだろ。どうして偽物の問題なんて用意したんだ。教師気分でも味わいたかった?」
「その答えこそ一つしかないさ。より多くの金を稼ぐため。それ以外に何がある。プリーズ・ハブ・マネー。あの日、俺が脱け殻の職員室に忍び込んだとき、世界史と倫理の問題しか見つけられなかったんだ。でもまあ、一教科プラスするだけならバレないと思ったし、現にバレなかっただろ。結果オーライ」

片目を瞑ってウィンクでもしそうな顔で彼は笑った。実際にウィンクなんてしやがったら僕はぶん殴っていただろう。


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