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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-14

「で、そいつが何で志野と一緒にいるわけ?」

だらしない格好で浅くソファに腰を掛け、煙草を咥えながら睨むように僕らを見上げるその姿は、さながら若きストリートギャングといった風情だった。

僕はちらりと日下部の横顔を盗み見た。決して友好的とは言えない沢崎の態度にも、臆した様子は微塵もなく、泰然とした面持ちで彼を見下ろしている。何処までも冷たい瞳の眼差しは、むしろ挑戦的とさえ言ってもいい。

「シノ」

日下部は顔を動かさずに僕の名前を口にする。

「うん?」
「椅子、投げれそうにないよ」
「ああ、ソファーだしね」
「威力はありそうだけど、いかんせん持ち上がりそうにない」
「それは良かった。これを頭からぶつけられたら、いくら頑丈そうな沢崎でも首の骨が折れるかもしれない」
「残念ね」

沢崎は口の端を歪めて「おいおい。穏やかじゃねえな」と薄く笑っている。
「何? お前ら、もしかして怒ってる?」
「愉快な顔に見えるかよ」と僕は言った。
「ああ、少なくともお前は、割りと楽しんでそうな感じだな」
そうなのか?
「僕が? 僕はいつも通りだよ」
「そうでもないさ。いつもは生きてるだけでご機嫌斜めって感じだぜ」

だから僕はいつも通りだよ。そう言おうとして、止めた。他人からそう見えるのなら、そうなのだろう。自分ほどよく分からない人間はいない。相対的には今、僕は機嫌がいいらしい。そう思われて損をすることもないだろうし、それを否定するような材料は見当たらなかった。

「そっちのロボットみたいな女は何考えてるのか分からんけど、まあ二人とも座れよ」

言われるまま、ソファーに腰を降ろす。スプリングがギシギシと軋む。見た目よりも座り心地が悪かった。

「それで」と沢崎は言って、「何が言いたい。“金を返せ”ってやつか?」と続けた。堂々とした態度。少しくらいは罰の悪そうな顔をしてくれてもいいのに。

「金は要らない」

僕が口を開く前に、日下部が言った。ステンレス・スチールみたいに硬い声だった。

「椅子を投げに来たのか?」と沢崎が笑う。
「もっと殺傷能力のあるやつがいい。あんたの顔を見た瞬間にそう思った」

剣呑な雰囲気。破裂寸前まで膨らませた風船が目の前にあるみたいで、居心地が悪い。コンビニで見掛けた蛾よりも、目の前の沢崎のほうが、日下部には気に入らないようだった。彼女の言葉は冗談に聞こえなかったし、実際に冗談だとしても笑えなかった。

「――ああ、思い出したわ」沢崎が言う。
「日下部沙耶ね、はいはいはい」
「沢崎?」と僕は言う。嘲りを孕んだ彼の口調に冷や汗が出る。風船に針先を近付けようとしているのか? この男は。

「“孤高の日下部沙耶さん”だろ。噂はたまに聞くぜ」
「あらそう」

鼻であしらうような態度で日下部は応じる。まだ風船も破裂する気配はないことに僕は安堵する。しかし、それも時間の問題かもしれない。


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