「溺れる人魚」-1
「やぁ、すまなかった。助かったよ」
ある日の放課後、舞は化学教師の柚木に頼まれ薬品庫の整理を手伝っていた。
試験明けでぽっかりと空いた午後に柚木が舞に声を掛けたのは単なる偶然ではない。
このチャンスがくるのを彼は虎視眈々と狙っていたのだ。
「別所くんは、コーヒー飲めるかい？」
アルコールランプでフラスコにお湯を沸かしながら柚木は尋ねた。
「もし良かったら、お礼を兼ねて理科室特製コーヒーをご馳走しよう」
その沸いたお湯を注ぐと、忽ち芳しいコーヒーの香りが室内に立ちこめた。
「はい。熱いから火傷をしないように気をつけて」
そう言って渡されたビーカーを舞はドキドキしながら受け取った。
ハンカチでガラスを包むと机の上に置く。
まるで…
まるで、人魚姫が魔女に渡された魔法の薬みたいだと思いながら見つめていると柚木の笑い声が聞こえた。
「毒なんか入ってないよ」
その言葉に弾けるように舞が顔を上げると、イタズラめいた顔で柚木がこちらを見つめていた。
「毒なんか入ってない。惚れ薬しか入れてない」
その言葉に舞は一瞬、ドキンとした。
柚木の白衣の白さから目を逸らすようにコーヒーに口を付ける。
「熱っ！」
ビーカーの中の黒い液体は焼けるように熱く舞の舌を焦がした。
その熱は舞の体内を灼きながら滑り落ちていく。
「…火傷には気を付けないと」
ゆっくりと柚木が近付いてきた。
「その灼熱は、心も躯も焼き尽くす」
そのまま、スゥッと頬を撫でられると、舞の躯はビクンと熱を発し始めた。
「惚れ薬が本当にあれば良かったんだけどね」
そう言って柚木は舞の唇を奪う。
「んっ、んんーっ。んぁっ、やっ。せんせぇっ」
その唇から微かにコーヒーの香りがして舞を惑わした。
「残念ながら媚薬しか手に入らなくてね」
火照り始めた舞の躯を鑑賞するかのように柚木は視線を走らす。
「でも、思っていたとおり別所くんは感じやすいみたいだ」
陸に上がった人魚に逃げ場などない。
ただ、王子の愛を求めて彷徨うばかり。
「たっぷりと可愛がってあげるよ」
柚木が舞の制服のリボンに指を掛けた。
「心も、躯も…ね」