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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-8

昼休み。昼食を終えて教室へと戻るとき、廊下で日下部と一緒になってしまった。
目が合ったのは一瞬で、僕が何かを思うよりも早く、彼女のほうが目を逸らしていた。僕の姿を認識して、記憶との照合をする。その結果として、こいつは興味のない対象だと、彼女の頭脳はそう判断したのだろう。実利的でシステマティックな眼差しは、自分が路傍に転がる空き缶にでもなったような、つまらない気持ちにさせられる。

僕は歩調を緩めて、彼女の後ろを歩くことにした。後ろに日下部沙耶の視線を感じながら歩くというのは、銃口を向けられながらサバンナを歩くシマウマくらいに落ち着かない。例え自分に興味がないとは分かっていても、いつ撃たれるのかとはらはらさせられるのは御免だ。凶器めいた気配――とでもいうのだろうか。

彼女の背中を眺めながら、階段を上って四階まできた。昼休みの喧騒に包まれた教室前の廊下も、日下部が歩くだけで何処となく静謐な空気が漂うのは、彼女が特異な存在であるという証だった。彼女の纏う半径5メートルの空間は、様々な感情を引き寄せる。嫌悪も、反感も、怖れも、嫉妬も、欲情も。あるいは、生まれたての好奇心も。

日下部に続いて教室に入る。丁度つき従うような格好で自分の席に向かうが、目の前の彼女は自分の席を素通りした。窓際にあるドアを開けて、彼女はベランダに出てしまう。僕の前には空席。自然と、僕はその主を目で追っていた。ガラス一枚で教室からは隔離されたベランダで、彼女はぼんやりと景色を見下ろしていた。

投げ捨てるような、気だるげな表情。何かに興味を抱くことさえ億劫だとでも言いたげな、そんな横顔。自分だけが別の世界に生きていると、静かに、でもはっきりと主張せんばかりの佇まい。
彼女がクラスメイトの反感を買うわけは、おそらくここにあるのだろう。

足早に行き交う人々を通路の端からぼんやりと眺めるような素っ気なさで、彼女はクラスメイトを見遣っていた。誰かが泣いていても、怒っていても、笑っていても、それを見詰める眼差しには、まったく人間らしい温度というものが感じられない。それが無関心という言葉で括られるものなら、誰も彼女に反感を覚えたりはしないだろう。

彼女に見詰められると、見下されているような気分になるのだ。本人がどう思っているのかは知らないが、彼女の在り様は劣等感を刺激する。誰の目にも届かない場所に隠匿していたはずの弱味を、無遠慮な眼差しで見透かされてしまうかのような心地悪さがあるのだ。さも下らないものを眺めるかのような冷淡さで、その弱点を暴かれた人達は、防衛本能で彼女を疎むようになる。

日下部の前世はきっとチーターか何かだろう。群れを作らず孤高に生きてきた匂いがする。だから近寄りがたい。前世の縄張り意識に対する本能が、他人を寄せ付けようとしないのだ。でも、その有り様は、きっと正しい。シマウマの僕からすれば、狩られるのならば群れを成すハイエナより、チーターのほうが、ずっといい。走り方の綺麗な猛獣は、きっと殺し方だって綺麗だろう。

そんなくだらないことを考えていたら、また不意に、彼女と目が合った。
乾いた目。補食するような目ではない。視線の先にたまたま僕がいるだけのことだった。僕に関心があるわけではない。
僕と彼女の間を誰かが横切って、通り過ぎたときにはもう、僕は視線を外していた。彼女だって、もう僕のことは眼中にないだろう。おかしなことじゃない。出会い頭の衝突だ。そこには何のメッセージもないのだから、当然の反応。
やっぱり、チーターと目が合うのは、気持ちのいいものじゃないな。ただそんな感想を抱いただけだ。




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