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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-18

ホームルームが終わり、試験開始まで残り五分を切った。カンニング防止のために鞄や机の中の教科書を廊下に出してから、出席番号順に席に着く。僕の目の前には野球部員の坊主頭と広い背中が鎮座していた。日下部沙耶の奢侈な後ろ姿に見慣れた僕には、実際以上にゴツゴツとして見える背中だ。街のパノラマが見渡せるマンションの最上階から、場末の平屋に移ったような落差を覚えて、机の傷を意味もなく眺めていた。カッターナイフで彫られた品のない言葉も同じように退屈な代物だったけど、暑苦しさを感じないだけまだマシだった。

テストは最初から世界史だ。後には国語と選択科目が控えている。問題の教科を始めに片付けることができるのはラッキーだった。あらかじめ答えが分かっている教科だから、残りのテストにも勢いを付けてのぞめる気がした。

やがて担当の相良が教室に入ってくる。注意事項を告げて、テストを配る。問題用紙を裏にして、試験が始まるのをじっと待つ。

チャイムが鳴った。試験開始。ざっと問題文を見回して、それが頭に詰め込んだものと同じ内容だということを確認した。小さく安堵して、笑みが溢れそうになる。僕はその感覚にロールプレイングゲームを思い出した。ゲームバランスを崩壊させるような改造コードを使ったあと、異常ともいえる高パラメーターで敵のボスキャラを倒すとき、これとよく似た高揚感を覚えるのだ。自分の実力を試すわけでもなく、努力の成果を期待するわけでもない。理不尽に与えられた、暴力的ともいえる力で課題をクリアするとき、ルールを無視したという罪悪感は、ほんのりと効いたスパイスになる。

氷の上を滑るようにシャーペンが走る。百万回も遊んだパズルみたいに、記憶と現実の照合が淀みなく繰り返される。迷いも躊躇もなく、ただシーケンシャルに問題を解いていく。二十分もしないうちに、解答用紙の空欄はほぼ埋まった。

見直しも終わって特にすることもないので、何気なく共犯者のほうに視線を向けてみる。日下部もすでに書き終わっているのだろう。机に突っ伏して優雅に眠っていた。事情を知らない人が見たら、完全に試合放棄の趣。誰も彼女が半分以上も時間を残して、満点に近い解答を書き上げたなんて思わないだろう。案の定、隣の生徒が横目でチラチラと見ながら、彼女のことを気にしていた。


午前中で初日のテストはすべて消化して、下校時間が訪れた。誰もがホームルールが終わるとすぐに帰宅する。普段ならうだうだと雑談しながら時間を消費しているグループも、今日は見受けられない。

殺風景なスチール製の靴箱の前で上履きを脱ぎ、スニーカーを履いたとき、「志野君」と僕を呼ぶ甘い声が聞こえた。振り向くと、見覚えのある顔がそこにある。

「ああ、白川さん」と僕は言った。顔を認めてから、その名前を口にするまで二秒かかった。記憶と照らし合わせるのに必要な時間としては、長いほうだろう。

白川 慧。同じクラスの、小柄でコケティッシュな女子生徒。誰に言われるでもなく、自分が魅力的な容姿を持っていることには気付いていて、嫌味にならない程度にそれを有効活用しているような、そんな人だった。

「何?」と僕は訊いた。
「いやあ、テスト、どうだったかなあって、思ってさあ」
「そう。別に普通だけど。いつもより少し手応えがあったかもしれないけれど、大差はないよ」

靴の紐を絞め直しながら僕はそう応えた。この娘は、合う人合う人に同じ質問をしているのだろうか。他人のテストの出来がどうだとか、興味を持つことが、一体何の役に立つのだろう。不思議で仕方がない。

「そっかあ」と彼女は笑った。見てくれがそれなりの水準にある女子としては、きっと、模範的な笑顔。魅力的なのは認める。でも、なぜそこで笑うのかは理解できない。きっと可愛い娘にはそういったルールがあるのだろう。要所要所で微笑みを浮かべて、フェミニズムをかもし出さなければならない。与えられた役割を気に入っていて、それを演じる自分のことも気に入っている。


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