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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-12

「偽物にしては手が凝んでるわね」
「そりゃまあ、本物だからね。手も凝んでるだろう」
「本物より精巧な偽物だってあるんじゃない。パリには堂々とそういう贋作を作る陶器メーカーがあるって聞いたことがあるよ」
「作るかよ、そんなもの。僕はそこまで酔狂にはなれない」
「まあ、どちらにしても、どうかしてるよ。こんなものを売り捌くなんてさ」
「自覚はあるし、覚悟もある」
「覚悟?」
「バレたら停学だ」
「これを買った私まで?」
「さあ、どうなることやら。怖いならやめておけばいい」
「挑発するんだ」
「まさか。善意からの忠告だよ」
「善意?」

日下部から胡散臭いものを見るような視線を貰う。確かに、不正の誘いをしておきながら善意を持ち出すのもおかしな話だ。
「まあいいか。買うよ」と彼女はあっさり言った。停学のリスクを「まあいいか」で済ませられる神経は大したものだ。

「本当に?」
「嘘吐いたところでね」
「一教科につき3千円になりますが」
「馬鹿も休み休み言って。全部で3千」

切れ味のいい断定口調。それは相手の否定を許さないだけの鋭利さを充分に備えていたし、彼女の目だって交渉の余地はないと言っていた。迷いを切り裂かれた僕は頷くしかなかった。

「分かった。君だけの特別価格な」
「図々しいのよ」

取引が成立すると、日下部はコンビニで買い物を済ませた後のような素っ気なさで、さっさと帰り支度を始める。撤頭撤尾、愛想のない女だ。
何だか、終始主導権を握られていたような気がする。何とかしてこの澄ました面に一泡吹かせてやることはできないものか。今更ながらに軽い反発心を覚え、僕は彼女に言葉を投げた。

「あのさ」
「まだ何か」
「僕、君のすぐ後ろの席なんだよね」
「見れば分かる」
「僕の名前知ってる?」

日下部は鞄のファスナーを閉める手を止め、顔を向けた。ふたつの目が蛇のように動かず、じっと僕を見詰める。背中がむずむずしてきた。たっぷり5秒間も黙考してから、日下部は口を開く。

「確か、Sくん?」
「おっ、いいね。でも伏せ名で呼ぶのはやめて欲しいな。状況が状況だけに、罪悪感を助長する」
「斎藤。鈴木」
「Sくんだからって日本人に多い名字の1位と2位を選ぶのは安直に過ぎないか」
「なら“知らない人”のSでいいじゃない」
「あのさ、名前くらいは知っておいても損はないと思う。これで友達になれたとは思わないけど、僕らは言わば共犯者じゃないか。あ、でもそうするとやっぱりSのほうが都合がいいのかな」

日下部は腰に片手を添え、辟易した様子で小首を傾ける。「まだ続くの?」といいたげな仕草。心底、僕の名前などどうでもいいらしい。

「志野俊輔。覚えておくと、まあ役に立つこともあるかもしれない。例えば、滑舌の訓練とか」

軽くいなすように肩をすぼめ、うんうんと彼女は頷く。早くこの会話を終わらせたくて仕方がないといった調子だ。


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