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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-11

「もちろんリスクはあるけど」と僕は付け加えた。
「もったいぶらない。商品は何?」

言葉とは裏腹に、目を逸らし、線の細い横顔を向ける彼女は、もう世界の隅々まで興味を失ったような表情に見えた。しかし、変化はとても僅かだ。もともとがそんな顔つきなのだ。
サボテンみたいに実利的で、排他的。不毛の大地に根差したその佇まいは、誰かの理解を必要としない。そういう人間が、僕は嫌いじゃない。

「テストの問題用紙。英語と世界史と倫理。もちろん来週の期末テストのね」

硬い時間が流れた。急に酸素が薄くなったように感じられた。彼女は僕の言葉の真偽を確かめるように目を閉じた。形のいい眉が微かに歪み、慎重な葛藤をその顔に覗かせた。綺麗な顔してるなと、その顔を見た僕は、今さらながらに思った。

「君、出席数少ないだろ。僕も多くはないけど、今週なんて僕が出ていた授業の半分は欠席してた。すぐ後ろにいるから分かるんだ。テストで結果出さないと、まずいと思う。補習とか、進級とか」

胸の前で腕を組み、彼女は僕を観察する。X線のような視線が僕の体を貫いた。冷徹な観察者の目。何だか落ち着かなくなって、意味もなく窓の外に顔を向ける。

「どうやって手に入れたの?」と彼女は訊いた。
「さあ、そこまでは言えないね」と僕は答えた。
「どうして言えないの」
「僕が手に入れたわけじゃない」
日下部はこめかみを指でとんとんと叩き「じゃあ誰よ?」と言うような視線で僕を見た。
「言えない。口止めされてる。にも関わらずべらべら話すような相手を、信じられる?」
「信じる?」
「つまり、問題用紙が本物だということを」と僕は言った。
「偽物の可能性も、あると?」

彼女が呆れたように首を振る。当然の反応。僕だって自分に呆れた。偽物かもしれないけど買ってくれなんて、詐欺師は絶対に言わないだろう。騙すつもりがないなら、尚更言わない。

「正直な話、僕にもよく分からない。何だか訳の分からない流れに身を任せてこんなことをしているんだよね」と僕は白状した。

いつの間にか風は止んでいた。風が止むと、夏は無駄に暑苦しいだけだった。爽やかさの欠片もない。雨のようなセミの鳴き声も、晴天からの日射しも、十日後に控えた夏休みでさえも、全てが僕らを焼き殺すために存在しているように思えた。

「あのさ。あなた、向いてないと思うな。何て言うか、こういうこと。キャラじゃないって言うのかな」

しばらくの沈黙の後、やがて彼女は諭すような口調で忠告した。面倒見のいい姉みたいな喋り方。僕はその言葉を受け止め、反発の意思が皆無であることを確認してから頷いた。

「僕もそう思う」

向いてないのにこんなことをしているのは、沢崎の影響だ。決して僕個人の性質ではない。何だかんだで楽しんでいるのは事実だけれども。

「まあいい。実物を見せてよ」
「どうぞ」

受け取った世界史の問題用紙を、彼女は矯めつ眇めつ眺めた。皮膚病患者の肌を診察する医師のように慎重な目付きだった。


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