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恋愛小説
【純愛 恋愛小説】

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恋愛小説(5)-5

「先輩、私が付き合う前。私のこと、好きでしたよね?」
「そうかもしれない」
「そうじゃないかもしれない?」
「そうじゃないかもしれない」
「今は?」
「うん。そうじゃない」
もともと用意されていた台詞だったみたいに、僕はすんなりとその言葉を吐くことができた。
「君はなぜ今になって現れたのかな?」
「はい?」
「少なくとも今年の梅雨までは、僕は君のことを好きだったよ」
「そうだったんですか?」
失ってから気付くと、それは遠い所でとても滑稽なものだった。利己的で、悲しくって、どうしようもないと思っていた僕のその想いは、歪で、不安定で、どこか可笑しい姿をしていたのだ。それを気付かせてくれたのは、千明と葵ちゃんだった。痛みは、もう無くなっていた。
「先輩は、これからどうするんですか?」
「君にはあまり、話したくないな」
「何故ですか?」
「男の子は過去に好きだった人に、格好を付けたくなるものさ」
彼女は泣き出しそうになっていた。瞳に大粒の涙を溜め、臨界点を今まさに超えようとしていた。なぜ泣こうとしているのかが、僕にはわからなかったが、僕はそれを指先ですっと拭った。雫は、冷たく暖かかった。

「先輩、好きです。先輩のことが、好きなんです」
「……ごめん。僕はその想いに、答えることが出来そうにない」




僕の失恋に一応の決着が着いた事にいち早く気付いたのは、千明でも葵ちゃんでも無く、以外にも田中だったから面白い。僕はあの図書館での一連の出来事を、誰にも話すことをしていなかった。別に隠していた訳じゃない。聞かれなかっただけだ。
「最近お前、なんかうっとうしいな」
「急になにさ?」
田中と僕は、喫煙所で煙草を吹かしていた。最近になって煙草が値上がりして次々と禁煙者が増え出し、ついにサークル内での喫煙者は僕と田中の二人だけになってしまっていた。僕らはことあるごとに互いを誘いあい、煙草を吸いにこの喫煙所まで足を運んでいた。
「なんかあったのか?」
「どうしてさ?」
「いや、なんかお前、冬眠を終えた熊みたいな顔してるから」
「どんな顔なのさ」
「良い事でもあったのかと思ってな」
空気は冷たかった。煙と一緒に吸い込むと、肺の中がひんやりと気持ちいい。
「良い事では、ないかもしれないけどね」
「ん?なんかあったんだな?」
「うん」
「なにがあったんだ?」
「告白されて、断った」
「誰が、誰を」
「僕が、桜井さんを」
すーっと息が白く、薄く空に溶けて行く。それはまるで何かを示しているようで、僕はおもわず手を伸ばす。煙の中をすっと握ってみるけれど、それを掴めるはずもなくって、僕は悲しかった。何が悲しいのかがいまいち良くわからないけれど、きっと悲しいって表現が一番近い。悲しみというのは、時にとても親密な感情に変化するから不思議だ。
「なんでだ?お前、桜井のこと好きだったんじゃないのか?」
「かもしれない」
「お前のその口癖、たまにすごく恨めしいときがあるよ」
「たまに?」
「あぁ。たまに、な」
「よかった。たまにで」
胸の痛みは消えていた。それに気づいて、僕は不思議な気持ちになった。それと同時に唐突に理解していた。あれは、きっと千明の胸の痛みだったのだ。誰かが誰かを想う時、それには痛みを伴う。そしてその側に近い距離でまた誰かがいると、その痛みがその誰かに流れて、その誰かも痛みを感じるのだ。あれはそういった痛みだったのだ。今更気づいた僕が馬鹿みたいだった。そんなこと、少し考えればわかりそうなものなのに。
「だからか?」
「ん?」
「やたらすっきりした顔してるのは、だからなのか?」
「そのようだね」
「よかったな」
「よかった?なにがさ?」
「いや、だからな。お前、一応踏ん切りが着いたんだろう?底まで落ちちまえば、後は上がるだけだからな。一年以上も宙ぶらりんだったんだ、ちょっとは前進したんじゃないのか?」
「そうだね。きっとそうなんだろうと僕も思う。きっと、どこかでストンと整理がついただと思う」
あぁ、と小さく田中は言って、後は黙った。それは合図に見えた。もう聞く事もなくなったのだろう。彼は吸い終えた煙草を灰皿に放り、静かに歩き出した。僕はそれに、何も言わずに従う事にした。



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