『屋上の青、コンクリートの灰』-2
「越智、俺の勉強見てくんない？」
意表を突くとはこのことだ。
一瞬ぽかんと口を開けたまま、僕はまぬけな声を出すしか能がなかった。いや脳が足りなかった。
「ふぁい……？」
Why？と聞いたんじゃない。僕は日本人だから咄嗟に英語が出てくるほど英語漬けでもアメリカンでもない。
はい？と訊こうとしたのがまぬけにも上手くいえなくてそんな生返事になってしまったのだ。
そんな俺を気にしない、というように石井は続けた。
「いや俺さ、こないだの期末でほとんどの教科赤点でさ。林がこのままの点数じゃ受験させないとか言うから、さすがにやべぇって……」
「で、お、俺？」
「うん。駄目？テスト前だけでいいし、ついでって感じで」
「別に俺じゃなくても、石井の友達でもいいじゃん！」
思わず声を張り上げる。
僕の頭からはすっかりさっきの緊張はなくなっていた。
「や、俺の周り馬鹿ばっかだし」
「だけどもっと頭いい奴とかいるし……ほら、上原とか！」
「やだよあんな奴」
「だけど…だけど……」
僕はどう断ろうか考えあぐねていた。
だってそうだろう普通。今までろくに話したこともない石井と、二人で勉強なんて。嫌だ、嫌すぎる。
だけど、だけど。
「俺はおまえがいんだよ。なあ、見てくれんの、見てくれないの」
僕はこんな風に頼まれて、断れるほど勇敢でも命知らずでもない。
かくして僕は、石井の面倒を見る羽目になってしまった、……みたいだ。
これが結局僕にとって、良かったのか悪かったのか。
とにかく当時の僕は、この最悪な事態と弱い自分を呪うしかなかった。
僕は今無の境地だ。
「越智」
何者にも僕の時間を邪魔することはできない。
「越智」
邪魔できない。……はずだ。
「越智、おまえ目開けながら寝てんな」
小突かれたあと、耳に挿していた買ったばかりのＭＤプレーヤーのイヤホンが抜かれた。
石井の手に阻まれ、僕の無の境地はまたたく間に消え失せてしまった。
「……寝てないもん」
「もんじゃねえよ。俺が呼んでんだから起きろ」
「…………」
なんだよもう。少しムッとしながら教室の机から身を起こす。
ちょうど西日が当たって、教室もオレンジ色で、音楽もゴイステとこれまた青春で、すごくいい感じだったのに。
それに石井が進路呼ばれたから待ってろって言ったくせに。暴君め。
僕はプレーヤーをカバンにしまいながら嘆息した。