Incarnation of evil-2
「じゃあ、ちょっと君のお母さんに会ってこよう」と僕は言う。
「やっぱだめー」と赤ん坊はすっくとベンチから立ち上がり、僕の方まで歩いてくるが、身長は僕の膝くらいまでしかなくて、小人みたいに見える。
「なんで? お母さん、俺を待っているんでしょ?」
「だって、つれてっちゃうー。いやだー。そんなのいやだー」
「お母さんを俺が連れて行くの?」
「そのためにおまえはきたんだー」
「連れて行くかは分からないよ。でも、ちょっと話をしなきゃ」
「つれてっちゃうやだー」
「連れて行かない」と僕は言う。「約束する」
「ほんと?」赤ん坊はにっこり笑顔になる。この笑顔は裏切れないな、絶対、と僕は思う。「絶対に絶対だ。ところで、お母さんはどこにいるんだろう?」
「こーぽぐりーんぱれす」と赤ん坊が言い、僕はやっぱりな、と思う。
「君はお母さんと一緒にここで暮らしているの?」
「そうだよー。おとうさんいないから。おとうさんわるものなの」
「そっか。お母さんとは、仲良くやってる?」
「ううん。まいにちけんかしてる」
「それはどうして?」
「おかあさんが、せめてほしそうにしてるから。だから、いうんだ。ばか、しねくず。のーたりん。このあくま。そんでね、おもいっきりかおをなぐるの。ぐーで」赤ん坊は悲しそうな顔をする。本当はそんなことしなくないのに、という風に。
「でも、本当はお母さんが好き?」
「すきー」
「でも、悪口言うんだ?」
「うん。そう」
「お母さんがそうして欲しそうにするから?」
「うん。そう」赤ん坊は頷く。
「お母さんを許してあげたら?」
「ゆるしてるけど、ゆるさないふりしてるの。ゆるしちゃったら、おかあさんがおかあさんをゆるせなくなっちゃうから、だからかわりにゆるさないふりしてるの」
「君は優しい子だ」と僕は言う。
「えへへ」と赤ん坊は照れる。
「コーポグリーンパレスにはどっちに行けばいいんだろう?」
「あっち」と赤ん坊が指差した方向には、遠くに風車がある方角だ。「ふうしゃのなかー」
「風車の中だね」と僕は言う。
「うん」と赤ん坊は頷く。
と、そこで空間にぽっこりと穴が開く。中心にカラカラに乾燥した海草があって、それが辺りの湿度を吸収して広がっていく。その広がりに呼応するように、空間に穴が開いていく。ラミナリアだ、と僕は思う。