缶コーヒー1つ分の話-2
「あ、それ。大丈夫」
「大丈夫って…」
「俺の親には会ってるもん。スナックで1回、家にも2回」
「いぃー?それで?」
「うーん、まあね、職業的にはあんまし良く思ってないみたいだけどね。俺は絶対放さないよ。親も俺が言いだしたらきかないってわかってっから、そこは諦めてもらって」
本当に屈託なく笑う。
こいつはのらりくらりしてるようで妙に肝が据わっている。
「反対したって、既成事実ってやつをつくってやるっていっちゃった」
「ぶっ! …おまえ…」
思わずコーヒーを吹き出してしまった。
「そしたら、美佳ちゃんの方が怒って、ビンタ喰らっちったのよね、俺。『あたしは絶対そんなのいやだからね』って、帰っちゃった」
「はあ? それって、お前の親の前で?」
「そうよ。ちょっとマズったかって思ったんだけど、返って印象が良くなったみたいだよ」
はあ、そうすか。
じゃあ、とりあえずは問題ないわけだ。
と、なんだ?このお呼び出しは?
「そのさ、圭ちゃんの方はどうなの?」
「どう…って…。良いんじゃねえ?お義兄さんて気はしないけど、まあ、お前自体は…」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?なんだ?」
なんだなんだ?
「彼女。いるんでしょ、美佳ちゃんが言ってたよ。いるらしいって」
「あ、ああ、まあ」
姉貴のヤツ。
こいつに探り入れさせるのか。
学生の頃は女っ気なし。就職してから彼女ができた。結構長いけど特にそういう進展はない。
でも、まあ、いずれはそうなるのかもな。
「僕のことはどうでもいいだろ。姉貴からのミッションか?」
「あはは。そうそう、ミッション」
なんだよ。直接きけよ。
って、ずっと煙に巻いてるせいか。
「俺も興味あるしねー、圭ちゃんの彼女。可愛い?」
「ああ、お前の彼女よりははるかに可愛いな」
「あーなんだよ。美佳ちゃんは美人なの。…気の強い女は結構可愛いもんなんだよ」
「うえ。可愛い姉貴なんか想像したくもねえ」
まったく気持ち悪いこというなよ。
「ほら、圭ちゃんてモテそうじゃん?」
「僕が?」
なに言ってんだ?こいつ。
「モテねえよ。全然。あ、お子様にはモテるね。道場にくる子たちにはどういうわけか、なつかれてる」
「圭ちゃん、それ犯罪だよ?」
「あほか。マジにとるな。殆ど男の子だよ」
「それもマズいよ?」
「お稚児遊びの趣味はねえ…」
涼ちゃんは大声で笑い出した。
「は。よかった」
「なにが」
「いい兄ちゃんなんだね。変わってないや。俺、同い年だけどそういうイメージあったんだよね、圭ちゃんて。兄貴分」
「これからはお前が兄ちゃんなんだろ?」
「まあね」
コイツはコイツなりに僕を心配してたのかもしれない。
「そろそろ帰るよ。じゃあね、圭ちゃん」
「ああ」
僕らは軽く手を振って別れた。
傾きはじめた太陽は眩しく波頭をきらめかせている。
和み系なんだよな、涼ちゃんは。
好き勝手にものが言える相手が義兄だってんだから、僕的にはかなり楽。
何を心配してんだか。
それが、また涼ちゃんらしいや。
僕は喉の奥で笑って、缶コーヒーを飲み干した。
fin.