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葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件
【推理 推理小説】

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葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-14

「あ、別にそういう意味じゃないからね……」
「気にしてないわよ」
 梓は困ったように笑うと、それっきり。澪も一瞬考えたあと、思い当たることがあったらしく唇をへの字にさせて視線をさまよわせる。
 重苦しい時間が流れること数秒、ロビーに続くドアが開き、由真が中年の女性を引き連れてやってくる。
「こちら下手になっておりまして、赤坂さんはこちら側から舞台に出ることとなっております」
「はい、ありがとうございます」
 赤坂と呼ばれた人は丁寧にお辞儀をすると、棚に荷物を置く。
「赤坂さん、こんにちは……。今日の舞台に出演する五十嵐真帆です。よろしくお願いします」
 真帆はドレスの裾を持って会釈をすると、赤坂と呼ばれた女性もお辞儀を返す。
「ええ、五十嵐さんのことは聞いてますよ。相模原市のコンクールで大賞を取った期待の星だとかね? おほほ……」
「それは言いすぎですよ」
 まんざらでもない様子で顔を綻ばせる真帆。彼女はかなり素直な性格をしているらしい。
「五十嵐さん、リハーサルはどう?」
 由真は真帆に向き直り仕上がりを確認する。内情をしる彼女からすれば、主演はあくまでも真帆なのだ。
「はい。ばっちりです」
「そ、それじゃよろしく頼むわ」
「それじゃあたしも練習しないとね……」
 赤坂はレコーダーらしきものを取り出して再生しだす。
 鏡の前で両手を使ってジェスチャーを始めるのは不思議な光景だったが、しばらくしてそれが手話だとわかる。
「ねぇ、コンサートって手話もあるんですか?」
 コンサートイコール合唱や演奏と思っていた真琴には意外なことだった。
「弾き語りっていっても、舞台にスクリーンがあってそこで物語が語られるから、手話の人も必要なのよ」
 真琴が真帆にそっと耳打ちすると、彼女はパンフレットにある手話の項目を見せてくれる。
「それじゃあ赤坂さん、よろしくお願いしますね……」
 由真は控え室へと入ろうとする……と、真帆が慌てたように彼女を呼び止める。
「あの、確か石塚さんがプログラムと効果音のことで打ち合わせがしたいって言ってましたよ!」
「そう? うん。確かに彼もぶっつけ本番なところあるし……、うん、ありがと」
 そう言って由真は上手側への通路へと走る。
「ふぅ……危ない……」
「なにをそんなに慌ててるんです?」
「うん、ちょっとね……、ほら、今そこに平木先生と喜田川さんが居るでしょ? ちょっと具合が悪いのよ……」
「それって……」
 どろどろとした関係をかぎつけた澪と梓は、眉間に皺を寄せながらも楽しそうな表情をする。
「平木さんと由真さん、前に付き合ってたのよ。でも、スポンサー様が来てからは乗り換えっていうのは言葉が悪いんだけど、そういういざこざがあってね……。表面的には気にしてないフリなんだけど、やっぱり二人をあわせるのはちょっと気が引けるのよね……」
「なるほど……、つまり三角関係って奴ね……」
 うんうんと頷く澪。梓は「わかるかも」とぼやく。
「先生も苦しい立場ってのはわかるけど、でもちょっぴり許せないところはあるわ。だって由真さんが……」
「こらこら、そういう話に首を突っ込むのはまだ早いよ」
 通路の向こうからよく通るダンディーな声が聞こえてくる。
 二十代そこそこという男性は、スーツ姿で、その声質から一郎の教え子兼スタッフと伺える。彼は真帆をたしなめるような笑顔を見せる。
「早いって、私だってもう子供じゃありませんよ、佐々木さん」
 そう言いながら立ち上がり、やはり丁寧にお辞儀をする真帆。
「といっても、今日は娘役だけどね?」
 そういってウインクする彼はロビーに続くドアを開けて去っていく。
「あれは?」
「佐々木久則さん。いわゆる兄弟子ってとこね。普段も練習とかで一緒になるけど、結構実力者よ」
「へぇ……」
「っていうか、結構知られてるみたいね、平木さんと喜田川さんのこと……」
「あはは……知らぬは久美さんだけってとこかな?」
 澪が苦笑いしつつ呟くと、真帆も困った様子で応じる。
「さ、あたし達もお昼にしましょう? えと、お弁当は……」
「ああ、そうね、それじゃあ喫茶室で食べようよ。まだ時間もあるし、広いほうがいいよ」
 真帆はそう言うと、ロビーに続くドアを開けた……。


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