ＪｏｉＮ〜EP.5〜-1
夏も真っ盛りの某日、ドラマの撮影は都内の廃校で行われる事になった。
校舎内のシーンをメインに撮るので、本物の学校を長時間借りられないのが理由らしい。
最初はどんな雰囲気になるのか不安だったが、制服を着た生徒達が教室の中にいると、そこだけ時間が昔に巻き戻ったみたいだった。
「いやあ懐かしいっすね、ああいうの。休み時間にくっだらない話ばっかしてたなぁ」
「あんた今でも変わってないじゃん。口開けば女の話ばっか、仕事の話なんか出たことないっしょ？」
既に始まって１時間は過ぎたがまだ栞菜の出番まで回ってこない。
そのドラマは普通の学園もので、話の内容も打ち合わせの感じではそれほど斜め上の作りでは無さそうだ。
何にしても普通というのは味気なくて、飾りが無いのはそんな好きじゃないが、栞菜が出られるなら喜ぶべきだろう。
「栞菜〜！俺はここだよ、ほら！俺の顔見て元気になれ」
「邪魔すんなって。集中力を削ぎ落とすんじゃない」
ありきたりな内容であっても、完成されるまでの過程を見られるってのは嬉しいもんだ。
・・・遂にこの日が来たんだな。
栞菜が女優としての最初の一歩を踏み出す時が来たんだ。
最初に話が来た時に期待してたんだが、どうやら話の本筋に深く絡む役どころでは無さそうだ。
でも、千里の道もなんとやら、今をときめく女優もいきなりスターだったわけじゃない。
初めてなのにレギュラーなんだから喜ばしい事だ。
それに、活躍しているうちの女優達はみんな地道に脇役を経て、ようやく主役を勝ち取ったんだからな。
むしろ栞菜も先輩方と同じスタートラインに立ったんだと思うと、身震いがしてくるぜ。
こう、ぶるぶると・・・
「っくしゅん！」
「ちょ、立花さん！口閉じてくださいよ！」
「あ、ごめん。わざと」
鼻をすすり、悪戯っぽく片頬を吊り上げる日焼け女・・・いや、立花さん。
下っぱのマネージャーをまとめる役職なので、普段はこうして現場に出向かない。
しかし本人曰く今日は特別な日だから、一緒に車に乗ってきた訳だ。
さっきのスタッフへの挨拶回りでは、俺よりも頭を深く下げてたんで驚いた。
俺に手厳しい返事ばかりする人とは思えないくらい、相手に対して物腰が低かったからびっくりしたぜ。
思わずあなたでも他人に頭を下げるんですね、と口を滑らせたせいで両方の尻がヒリヒリする。
やっぱりいつもと変わらないと思って、何故か嬉し・・・いや、そうは思わない。
今日は機嫌がいいからこれで勘弁してくれたらしいが、運が悪ければどうなってたやら。
「こういう時は武者震いするね。日比野、分かるでしょ。あんたも震えてるよ」
「ちょっと冷房がきすぎてますからね。俺そんな強くないんです、暑さも寒さも嫌いなおぼっちゃまですから」
「ここ冷房死んでるけど・・・大丈夫？緊張してんじゃないの」
「やだなぁ、冗談ですよ。もう〜参ったな立花さんってば」
「仕方ないか、初めてだよね。ドラマの撮影現場に立ち合うのって」
指摘の通り初めてなんだが、俺が緊張するのはおかしい気がする。
頑張るのは実際に演技する栞菜なんだし、俺達マネージャーは影で見守る役目だからな。
俺にとっての主役は今、演者の中に混じって少しでも早く現場に慣れようとしている。
本当は今すぐ俺と話したいはずなのに、その貴重な時間を自分の為に割かなくちゃならないのは辛いだろう。
おいで、そんな雨に打たれる子犬の様な目をしないで、胸に飛び込んできなさい。