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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-6

 『苦難の民を慰めるもの』アランはつぶやいた。この言葉を知ったのは、ロイドと一緒に旅に出てからだ。エレンの吟遊詩人(バード)が歌う歌に、その一節が出てくる。

 アラスデアは、広い草原のどこかを走り回っている。アランを背中に乗せてユータルスまで飛べばあっという間につくのだろうが、アラスデアは飛ぶことが出来ない。ひょっとすると、彼はそもそも飛ぶことが出来ないのかもしれない。本人は、時間をみつけて羽ばたく練習をしてはいる。ついこの間、アランの背の高さまで翼で飛ぶことが出来たが、一瞬後には、顔から地面につっこんだ。そのみっともない姿を忘れると、アランは約束させられた。一応忘れたふりはしているが、あんなに面白いものは、忘れようと思っても忘れられるものではない。なにしろ、草の葉が、嘴の鼻の穴から飛び出していたり、頭から慌てふためいた様子でバッタが飛んでいったりしたのだ。もちろん、本人に対してそうは言わない。自尊心の高さは、神代の王族の血を継ぐ故だろうか。今、彼女の相棒はどこかで哀れな鹿の背中に爪を立てていることだろう。

 そう言えば一度、アラスデアが気を利かせて、鹿の生首を持ち帰ってきたことがあった。

「綺麗な角だから、何か飾りを作ったら良いと思って」

 それが、朝の3時じゃなかったら、アランも喜んだだろう。金気臭い血の匂いに目が覚めなかったら、起き上がり、うつろな目をした鹿の生首と目を合わせることにならなかったら歓迎しただろうが、あいにく全てが実現した。それ以来、アラスデアは、慎み深く、残った獲物は地面に埋めるようになった。たまに、角の部分だけ持ち帰ることはある。グリーアかハーディがいれば、喜んで簡単な装飾具やナイフを作るだろうけれど、アランにとっては、加工しようにも技術がないので、荷物にしかならない。もっとも、売ればかなりの金になるから、街に入る前にはしっかりととっておいた。

 鹿を埋めて帰ってくるまで、もう少しかかるだろう。アランが先に進んでも、アラスデアが彼女を見失うことはあるまい。2人の間には奇妙な絆がある。何処にいても、何となくつながっている奇妙な感覚があるのだ。アランは清々しい空気を吸い込んだ。この気持ちの良さも、アラスデアと共有できているような気がして。

朝日が霧を溶かし、夜露に宝石のような輝きを与えている。気の早い蜂たちが、ほころんだ蕾を探し始めた。足下では、薄く長い影が早く進もうとせっつくように、進む道の先を指している。そう、行く手に立ちはだかる、異端審問官の斥候の姿を。

「嘘だろ」アランは口の中でつぶやいた。馬上の2人は、紛れもなく異端審問官だ。金糸の刺繍で縁取られた赤い外套を肩に掛けている。アランは思わず足を止めた。傍らに巨体の怪物が居なくて本当に良かった。アラスデアの存在は、この状況では、首にかけられた縄と同じ意味を持つ。とは言え、彼女の身に危険が迫ったことを、叫び声や恐怖の臭いからちらりとでも察したら、彼はすぐさま飛んでくる。場合によっては、それで全てけりがついてしまうが、そんな事態はなるべく避けたい。これ以上罪を背負ったら、ユータルスの領地に入るのが余計に難しくなってしまう。反逆、逃亡、そして殺人――アランは首を振った。

「そこの者、名乗れ!」審問官が、いかにも彼ららしい高慢な口調でアランに聞いた。

「アラン・ギャビンと申します」アランは、いざとい時のために考えておいた偽名を告げた。名前が本名と変わらないのは、過去の痛い失敗を行かした結果だ。慣れない偽の名前を使って、結局ぼろを出してしまった。本名と偽名に共通する名前なら、いくらそそっかしくても忘れたり、間違えたりすることはないだろう。

「ここで何をしている?」もう一人がアランの後ろに回った。簡単には逃げ出せないようにという魂胆だろう。アランは審問官の青白い陰気な顔から目をそらして、逃げ道を探したくなるのを必死にこらえた。


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