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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】十二章:アラスデア-7

「どうして私のいる場所がわかった?殻の中からじゃ、顔は見えないだろうに」彼は少し考えてから言った。

「声が、きこえた。卵の中でも、アランの声を聞いていた。あなたの声、間違えない、忘れない」

「そうか?」アランは、不思議な誇らしさに胸が躍るのを感じた。考えてみれば、あの日、見張り番に捨てられる卵のうち、残ったたった一つを救い出さなかったら、世にも珍しいこの雛は孵らなかったのだ。何が彼の卵をあの場所に置いたのか、真相はわからない。若鳥殿下が――まだ、自分の父であると認められるほど思い入れが強くないので愛称でしか呼ぶことが出来ないのだが――亡くなったのと関係があるのだろうか。誰かがあの場所に卵を置かなければなら無かったはず。それも偶然アランが手にとって、それを育ててみようと思う事を期待して、か?あの時、落ちないで残ったのも一つきりだった。彼女は一瞬、絡み合った巨大な運命の陰を垣間見た気がして、めまいに襲われた。自分は何かに呼ばれて、あの卵を手にしたのだろうか。だとしたら、その呼び声の主は?運命か?

 ――運命、か。

 ほんの一週間前には、育ての親を裏切るようなまねをして罪人として手配されたり、森の中を祖国の難民と共にさまよったりするなんて、夢にも思わなかった。いいや、夢にも、というのは間違いなのかも知れない。アランは思った。夢の中ではいつも、彼女はどこか見知らぬ土地にいたから。それに、幼い頃からそうなることを望んでいたのではなかったのか?彼女はふと、あの日、書斎でヴァーナムが見せた表情を思い出して胸が締め付けられるのを感じた。

 何もかもを、あそこに置いてきてしまった。不安に襲われた時に、頼ることの出来たすべての物を。保護者、友人や、思い出……決して多くはなかったけれど、大事に持っていた本や手紙。ヴァーナムから送られた鎧さえ、逃亡の邪魔になるからと途中で捨ててきた。あの城に残っていないものと言えば、すっかりくたびれた服一式と、剣、それに彼女の隣に横たわるこの得体の知れない巨獣だけだ。

「一体、何者なんだろうな」

 嘴がアランの手のひらほどもある。燃えるような目は琥珀の金。目の周りに映えた帯のような黒い羽毛がその美しさを際だたせていた。彼はしばらく、その答えを探すように黙っていたが、くいっと首をかしげてアランの顔をのぞき込んだ。

「まだ、無い」

 アランはこの友人に名前がないことを思い出した。

「そう言えばそうか」本来の質問の意味とは違うが、真剣に答えを探していた彼に、くすぐったい愛情を感じた。「私が名前を考えても良いな……お前はそれで良い?」

 彼は満足げにのどを鳴らすと、きちんと姿勢を正してアランの前に座った。美しい生き物だ。獅子は――本の挿絵や紋章の上でだけだが――よく知っているし、鷲は春になれば毎年見かけた。しかし、その二つが合わさった時、こんなに美しい生き物になるとは。実際にこの姿を見たことがなければ想像も付かないだろう。繊細な羽毛が鱗のように折り重なって、場所によっては奇妙な色の光沢をもっている。地面をつかむ前肢は力強く、爪は鋭い。滑らかな羽毛の重なりが、溶けるように荒々しい獅子の毛へと生え替わる境目や、大きな翼に描かれた微妙な陰影は、どんなに巧みな画家の腕を以てしても、再現することはできない。

「アラスデア」

 アランはつぶやいた。彼は機敏な動作で首をかしげた。「アラ、ス、デア?」

「今考えたんだ。どうかな?気に入らなかったら言ってくれ」

 彼は大きな目をしばたかせ、それから大きくのどを鳴らしてアランののどの下に頭をすり寄せた。沢山の言葉を知らない彼が、言葉を使わずに伝えられる唯一の方法だった。そして、一番心のこもった方法でもあった。


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