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『Scars 上』
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『Scars 上』-38

「お前、馬鹿か?」
突然の桜花トップの登場に、誰もイオリがレイたちのもとに歩いていくのを止められなかった。
「何を言う。ちゃんと計算してるんだぜ?」
レイのそばにやってきたイオリは、周りに聞こえないよう小さな声で囁く。
「それにしたって、一人で来るなんて危険だろうが!」
ユウジが怒鳴るように言った。
「なんだよ、ユウジ。心配してくれたのか?」
冗談めいた笑みを浮かべるイオリに、ユウジは顔を真っ赤にして反論した。
「ち、ちげえよ! 誰がお前なんか!」
「ふふ、わかってる。作戦だよ、作戦。こうすれば……」
イオリが更に、声を小さくした時。
暗い路地の向こう。
イオリが歩いて来たのとは逆の方向から。
「桜花の水瀬ってのはバカなのか? 相当のキレ者だって聞いてたんだがな」
突然、響いた甲高い声。
その声に、BMTのどよめきが更に大きくなる。
「ターゲットのお出ましだ」
口角を吊り上げたイオリは、喜悦の篭った声を洩らした。

俺は傘を握り締めた手に、自然と力が入るのを感じた。
路地の向こうから歩いて来たのは、?身のひょろっとした男だった。
こけた頬に、ぎらつく大きな目。
カラーコンタクトでも入れているのか、その瞳は青みがかって見えた。
「用心してたのが、バカみてえじゃねえか」
派手な色のパンツに、白いファーのついたジャケットを羽織る男は、仰々しく肩をすくませる。
「見当はずれの場所に、人数集めてお前らの目くらましをする。その間、俺は別の場所で高みの見物ってわけだ。手下が何人やられたって関係ねえ。この俺さえ無事ならBMTは終わらないんだと。……ったく、大人の考えることは狡いよな」
べらべらと余裕たっぷりに喋る男の言うことは、いまいち理解しがたい。
……大人って誰だよ。
「お前が、BMTの頭か?」
「そうだ。俺の名は青柳京士郎。この街の帝王さ」
そう宣言して、青柳は両手を大きく広げる。
帝王だと……? 虫唾が走る。
「今日から、この街は俺のものになる」
ゆっくりとこちらに歩いてくる青柳。
その姿には、シバやレイのような強者特有のオーラのようなものを全く感じられなかった。
この程度の男が、BMT数百人の頭なのか。
「ははっ! たったそれっぽっちの人数でほざくなよ」
「ふん、お前らこそ、たったそれだけの人数で俺に勝てるのかよ」
そう皮肉を返すと、青柳はあっさりと怒気を顕にした。
「こっちは百人以上いるんだぞ!」
「たった百人だろ?」
「てめえ……!」
気色ばむ青柳に触発されてか、俺たちを囲むBMTの空気が張り詰めていく。
「レイ、ユウジいいか。策がある」
二人だけに聞こえる程度の音量で迅速に作戦を伝える。
「レイの部隊は、俺について来い。ユウジ、百メートル走のタイムは?」
「はあ?」
俺の質問に、ユウジは顔をしかめる。
何で今そんなこと聞くんだよ、とでも言いたそうな表情だった。
「いいから答えろ」
「えーと、十二秒台だったかな」
「微妙なタイムだな」
俺は即座に簡単な計算を組み立てる。
「よし、ユウジの部隊は俺の合図で即効でそこの路地を曲がって走れ」
「なんでだよ! 逃げろってのかよ」
「違う。そこの路地を曲がってスカイタワーを回って来るんだ」
「なんの意味がある!」
「命令だ。時間がない。いいか、全力で走れよ?」
俺たちを囲むBMTの連中がにじり寄ってくる。
もう相談してる暇はない。
「水瀬……。俺様の恐ろしさ、その身に刻んでやるぜ」
青柳がそう言った瞬間。
関を切ったように、なだれ込んで来るBMT。


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