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『Scars 上』
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『Scars 上』-17

夜の湾岸線を疾駆する。
鋼鉄の騎馬で。
耳に心地よく響くエキゾースト。
圧倒的なスピードが色んな事を忘れさせてくれる。
オレンジ色の光に照らされた道路。
次々に追い抜いていく、車達はのろまな亀のようだ。
バイクは更に加速する。
耳の鼓膜が破れそうなほどに聞こえる風の悲鳴。
今、私の目の前にある巨大な背中がなければ、強い風を全身で感じることが出来るのに。
シバの背中に跨る私は、それが不満だった。

閑静な住宅街。
緩やかな坂道の手前でバイクは止まる。
シバの太い足が地面についてバイクを支えるのを待って、私は飛び降りる。
「……お前、またメット被らなかったのか」
「うるさい。ほっといて」
呆れるシバを尻目に、私は思う。
あんな窮屈なものを被っていては、風を感じることが出来ない。
「ねえ、今度私にも運転させてくれない? ソレ」
シバの跨るV-MAX。
国外仕様の怪物マシン。
「お前、免許持ってないだろ」
更に呆れるシバを、持っていたカバンで軽く叩いた。
「ケーサツみたいなこと言わないでよ」
むくれかえる私を見て、シバは鼻を鳴らして笑う。
少し腹が立った。
「まあ、いつかな。気をつけて帰れよ」
そう言ってから、シバはV-MAXのエンジンを吹かす。
お腹の底が熱くなる、低いエンジン音。
「うん。送ってくれてありがとね」
そんな私のセリフを聞き届けて、V-MAXは発進する。
夜の街に響き渡るバイクの咆哮。
走り去るV-MAXに、髪が巻き上げられる。
闇夜を突き抜けるように小さくなっていくシバの後ろ姿。
私は乱れた髪を整えながら、緩やかな坂道を登り始めた。
海沿いの道をメットも被らずに走ってきたせいで、髪はめちゃくちゃに乱れていた。
それでも、何度か手櫛を通すだけで、私の髪は元通りになる。
坂を上りきった所にある、私の家。
家のドアを、陰鬱な気持ちで開けた。
静まり返った暗い玄関。
誰にも会いたくなくて、息を殺して靴を脱いだ。
一息ついたのは、自分の部屋に入ってから。
とたんに気だるくなる身体。
電気も点けずに、カバンやラケットケースを床に放り投げた。
制服を脱ぎ散らかし、部屋着にしているぶかぶかのワンピースを着る。
肩紐がだらしなく垂れ下がるのも気にならない。
部屋には何もなかった。がらんとした広いフローリングの床に、ベッドがあるだけ。
殺風景な、部屋。
部屋の奥には大きな窓。カーテンを引くと、大きな満月が見えて。
「……嫌な月」
金色の月明かりを浴びながら私は毒づいた。
窓を開ける。肌を刺す冷たい外気を感じながら、私はセブンスターに火を点けた。
紫煙は、緩やかに立ち上る。
思うのだ。
私を包む世界は、なんと醜くて。
そこに存在する私も、なんと醜いのだろう、と。
全てが醜くて。
だから、私は抗いたくなる。
逃げ出したくなる。
その時、足元で何かが割れる音がした。
静寂を壊す不協和音。
それでも、私は動じない。
心がわずかに波打つだけ。
ただ、背中に熱を感じた。
疼くのだ。背中が。
そして、聞こえてくる怒鳴り声。
父が母を罵倒する声。
私は、動じない。
いつものことだ。
ただ、耳を塞いでじっとしていればいいのだ。
膝を抱えて、床に座り込む。


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