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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:第一部】四章:気高き翼の音-3

 「アラン。私は、お前のことを実の子供のように思ってきた」アランは身を固くした。実の親にも勝る愛情を持って育ててくれた彼を、ここまで失望させるようなことをしただろうか。確かにこの間、臣下であるトム・ノレルの、いけ好かない息子オータムに向かって馬の糞を投げつけた覚えがある。それとも、食料庫番のあいつが、ついに直訴に踏み切った?
 「しかし、お前ももうすぐ十六だ。そろそろ、己が出自について知らねばなるまい」彼はそう言ってため息をついた。アランは密かにため息を吐いた。よかった、馬の糞は関係ない。ヴァーナムは言った。「今後のお前の人生のためにもな」
 しかし、不意に訪れた真実に、今度は尻込みをした。今後の人生?今になって初めて、アランは自分の頭の中に、実現するに足る計画というものが無いことに気づかされた。この城にずっと留まることは出来ない。それはいいだろう。だが、ここを出てどこへ行く?「とりあえずこうしよう」なんてものは、将来の計画としてあまりにお粗末だ。だって、だって私は――
 「私の、出自ですか」
 今この時ばかりは、広い世界に抱く憧れも、何もかも忘れて、自分の出自などどうでも良い、自分はずっとここにいるのだと言いたくなった。しかし、口をつぐんだ。領主様だって、おそらく迷った末にこのことを話す決心をしたのだ。ここで尻込みすることは、お産の最中に母親の胎内に戻ろうとするようなものだ。つまり、案ずるより産むが易し。この場合は、産まされるが易し、か。生唾を飲み込んで領主の瞳を見返すと、彼は語り始めた。
 「アルテア殿下が亡くなられた」
 何と言ったものかわからずに、アランはただ黙って聞いていた。領主は、呼吸そのものが重労働であるかのように、深く、ゆっくりと息を吸った。心臓が、重く、強く打つ。その衝撃が頭蓋骨にまで伝わって、鈍い音がアランの頭の中に響いていた。彼女の緊張は、ヴァーナムにしっかり伝わっていた。彼は彼女の顔に興奮と恐怖が浮かぶのを見て確信した。この子はもう、知っているのだと。
 「お前の父親だ」
 アランは、黙ってうなずいた。四年前、屋根裏部屋でアデレードの肖像画を見つけたあの時からゆっくりと、彼女は理解し始めていた。どうして、女の自分が男の振りをして生きてゆかねばならないのか。どうして、自分だけ国教会の洗礼を受けることが出来ないのか。
 それは、自分はエリンの王家の血を引くたった一人の人間だから。残党狩りの目から、国教の洗礼から、エリンの血を守るため。その血を異教の教えに穢させないため。いつか冠を戴いて、王になるため。
 「姫は盗賊に襲われて死んだといわれていた。しかし、そうではなかったのだ。グリュプサイトの残党がお前をトルヘアの鼻先からかすめ取り、私に託した――エレンの姫であるお前を」その口調には、わずかな批判がこもっていた。
 「お前を攫った男が、かつてエレンの民であったマクスラスの縁を頼ってここにやってきて、私と、まだその頃は生きていた妻にお前を預けた。そして、本当の名を変えさせ、お前がトルヘアの手に落ちぬよう、私に頼んで去っていったのだよ」
 アランの心がちくりと痛んだ。忘れかけていた記憶が、ほんのひと時蘇る。名前も知らない黒い目の男。彼が再び迎えに来てくれると思っていた――かつては。胸に下げた黒い石は、その約束の証であるはずだった。しかし、憧れが苦い失望に変わって長い時が過ぎた。
 「その人が……」言葉に詰まりながらもいった。「その男が、私に男として生きるように命じたのですか?将来、再びエレンを興す時、私が王になれるようにと?」
 老領主は、アランの顔を見つめた。優しく、公平で、そして紛れもなく厳格なこの男の目に、不器用な優しさが浮かんでいた。彼は、アランの身に起こったことを一つ残らず知っている。優しさの他に、彼の瞳に浮かんでいるのは悲しみだ。自分の無力と、彼女の不運とを嘆いている。


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