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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:第一部】三章:春は幾度もめぐり来る-3

 「俺たちは、いつも森の近くにテントを張るからな、親切な客は注意しろって教えてくれる。だがな、そんなおもしろい話を聞いておいて『注意する』はないだろう?おれはダンカンと、娘のテトをつれて森に入ったんだ」そこで、彼の姉のジュリアンが大きく鼻を鳴らした。
 「まったく、あんたって弟は、いくつになってもろくな事をしやしない!ダンカンやテトにもしもの事があったらどうするんだい!」
 「テトもダンカンも、自分の身は自分で守れるさ、なあ?」ルーカスが言うと、二人の子供は誇らしげにうなずいた。なおも続く姉の苦言を受け流し、グレンは話を続けた。
 「俺たちは弓を持って、森の中を流れる川のほとりで待った。周りには樹が茂って、まるでそこだけ夏みたいに蒸し暑かった。そのくせ、虫なんか一匹も居ないんだ。虫どころか、鳥や獣の気配すらしなかったなぁ。木々の葉は色濃くて、おまけに分厚い。星の光も届かないような場所で、どのくらい待ったか……。枝葉の間から覗いてた月が見えなくなって、狩人座が、木々の間を通り過ぎてった。すると、どこからとも無く、蹄の音が聞こえたんだ。後ろから近づいてくるような気もしたし、川の反対側から来るようにも思えた。だが、蹄の音以外には何も聞こえない。会話一つ、鼻歌一つ歌わない、何十って言う蹄の音が、段々こっちに近づいてきた……おい、そういえば、ご領主様の調子はどうだ?」
 「グレン!」すっかり話に入り込んでいたアランが怒って言う。「焦らさないでよ!」
 彼は笑って続けた。
 「おれはテトとダンカンの頭に手を置いて、茂みの中からそっと様子をうかがったんだ。蹄の音はやんで、なにやら動く音が川のせせらぎの向こうから聞こえてた」
テントの中は静まりかえっていた。食器が立てる音もない。みんなが彼の話に聞き入っていた。
 「それで?」ウィリアムが静かな声で聞いた。「何を見たの?」
 「わからない」グレンは真剣な面持ちで言った。「あれがなんだったのか、俺には見当もつかない。やつらは、俺たちよりも粗末な身なりをしていた。だが、海岸にいるって噂の怪物とは全く違う。龍だなんだって化け物どもは、そもそも馬に乗ったりしないだろうしな。そいつらの顔はよく見えなかった。でも、どうやら人間には思えない形をした顔のやつも居た。八十、いや、百人は居たかな……それでも、恐ろしげな感じはちっともしなかった。どうやらその夜は誰かの弔いをしていたみたいでな。布に包まれたものを河原に横たえて、みんながそれを中心に、なにやら歌を歌っていたよ。悲しげな歌を」グレンはため息をついた。「それ以上そこにいることは出来なかった。何しろ悲しい歌でね。なんと言っているのかまでは聞こえなかったが、彷徨える……何とかって歌ってた。聞いたのが兄さんなら覚えられたかもなあ。とにかく、その場に居たら泣き出しちまいそうで、二人を連れてテントに帰ったのさ。もしかしたら、なあ、あれがエレンの妖精だったのかもしえねえな」
 しばらくは、みんな黙って、冷めたシチューをかき込んだ。少ししてからジュリアンが「あんたの話が長いせいで、すっかり冷めちまったじゃないのさ」と、静かに彼をしかった。
 「そういえば、聞いたかい。若鳥殿下のご病気のこと」ルーカスが沈んだ空気の中に、もう一つ冷たい話題を浮かべた。
 若鳥殿下とは、エリンの生き残りが密かに大惨禍と呼ぶあの戦争の際、トルヘアの捕虜になったアラノア王女の嫡男で、王女がトルヘアに渡った数ヶ月後に生まれた。本当の名はアルテア・グワルフと言うが、あまり頻繁に話題に上らせると、再興派――エレンの紋章にちなんでグリュプサイトと呼ばれる――としての疑いをかけられる危険があった。誰からともなく使われ始めた、親しみのこもった愛称だが、同時にいつまで経っても成鳥になれない弱さを連想させる。病弱な殿下は、奥方との間にかつてひとりだけ姫を持ったが、その子は四歳の時、城を移る途中で不運にも盗賊に襲われ、命を落とした。それ以来、エリンの王の血を引く子供は生まれぬまま、三年前、殿下の奥方も流行病で命を落とした。
 戦後、トルヘアに大量に流れ込んだエリンの難民の感情を刺激しないために、エリンの王家の子孫達は今までずっと処刑されないまま生かされていた。さながら鳥かごの中の鳥だ。だが、それももうすぐ終わろうとしている。エレンの王家の血が途絶える日も近い。そうなったら、トルヘアに暮らす難民達がどういった行動に出るのか、誰にも予想はつかなかった。


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