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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:第一部】三章:春は幾度もめぐり来る-2

 「サレムがよく君を調理場に入れたね」
 「入れるわけ無いだろ。こっちを目の敵にしてるからな、あいつ。でも、思いっきりプラムの種をぶつけてやったらこっちにすっ飛んできたんだ。あいつ、隠れてはつまみ食いばっかりしてるだろ、だから牛みたいにぶくぶく太ってさ。正面から見たら、ほんとに、牛そのものだったぜ。突進してくる時の足音!地鳴りがしたよ。でも、ひょいってよけたらさ、後ろにあった空の樽に突っ込んだんだ。それで勝手にのびたもんだから、その隙に取ってきたやったのさ。サレムは頭も牛並みだぜ、ほんと」ウィリアムは歩きながら、腹を抱えて大笑いした。
 二人は、半年ぶりに鋏の紋章のテントの前にやってくると、中の人影に声をかけた。
 「ルーカス?」
 「誰です?」聞き覚えのない声が聞き返してきた。警戒しているのか、テントの幕も閉じられたままだ。アランとウィリアムは顔を見合わせた。おかしい。ルーカスは自分の紋章を誰かに譲ったのだろうか?
 「ウィリアム・マクスラスとアラン・ルウェレン」少々憮然とした声でウィリアムが言った。  「ルーカスは居ないの?」
 すると、ルーカスが大きなよく響く声で「ダンカン、いいんだ。俺の教え子だからな」と言うのが聞こえた。テントの幕が勢いよく開かれ、中の明かりが飛び出してきた。
 「よう、鶫の雛ども!元気にしてたか?」ルーカスはいつも通りの挨拶をし、二人を中に迎え入れてくれた。
 彼が二人をこう呼ぶのは、彼らの領主の名前からだ。エレンの旧貴族には、鳥の名前を名字にした家が多い。某の息子、と言う意味を持つ『マク』や、『フィッツ』、『オ』が頭に付き、そこに鳥の名前が続く。マクスラスは『鶫(つぐみ)の息子』と言う意味で、鶫は別名、歌い鳥として知られている。そのためなのかどうか、ウィリアムは確かに歌がうまかったし、彼と一緒に育ったアランも負けて居なかった。ルーカスは、この雛たちに自分の知っている歌を教え込むことを楽しみにしている。それは雛たちにとっても同じだ。彼らの間では、毎回、お互いに仕入れた新しい歌を交換するのが約束になっていた。
 ダンカンと呼ばれた男は、新しい彼の弟子だそうで、アランよりもだいぶ年下だったが、顔つきはすでに大人びていた。一家全員が赤毛のテレル家の中で、一人だけ黒髪の彼は浮いていたが、ルーカス親方は彼のことを買っているようだった。三人の教え子はそれぞれ握手を交わした。テレル一家は大所帯で、親方のルーカスを始めに、ルーカスの弟のグレン、その娘のマイーダ、ルーカスの姉のジュリアンと、夫と子供、さらに見習いや手伝いを全員あわせると二十人以上の大所帯になる。その全員が二人の顔を知っていて、彼ら鋳掛け屋が親しい間柄にしか許さない抱擁と握手を次々にしてくれた。
 「どれ、そこらに落ちているものを適当に片付けて座ってくれ。なんとまあ、半年で見違えるほど大きくなったじゃねえか」ルーカスはそう言って――会う度にそう言う――うれしそうに二人の若者を見つめた。子供のいないルーカスにとって、今までこの二人の成長が彼の喜びだった。
 「だがおまえも骨が太い。すぐにこいつらを抜くほど大きくなっちまうだろうな」
ルーカスはダンカンに向かって言った。その顔に、誇らしげな表情が浮かんでいたのを、二人は見逃さなかった。
 ルーカスの奥さんが、二人にシチューをごちそうしてくれた。持ってきた丸パンとそのシチューで、テレル一家との宴会が幕を開けた。
 「ところで、このあたりでは、あの噂はまだ聞こえないのかい」ルーカスの弟のグレンが言った。
 「あの噂?」アランとウィリアムは顔を見合わせた。「いや。それは何なの?」
 「俺たちも詳しいことは知らないがね、なんでも幽霊の一団が出るんだそうだ」ジュリアンがすかさず、弟に鋭い一瞥をくれた。しかし、彼は気にとめる様子もない。
 「幽霊?」ウィリアムは不安げに言ったが、アランはぱっと顔を輝かせた。
 「聞かせてよ、グレン!」話好きのグレンは、聴衆の反応に気をよくして続けた。
 「二月前、俺たちはシプリーの村を後にしたんだ。あそこは村の真ん中にでっかい教会がある村だ、な?そこに、妙な奴らにまつわる噂があってな。あそこにいる間、同じ話を百回はきいたよ。なんでも、森の近くで不気味な連中を見るって言うんだ。森の近くに住んでる百姓は、そいつらを森の人と呼んでた。国教のお偉いさんが言うには、悪魔ってんだそうだが……色んなところで噂になってるよ」
 アランは興味をそそられて、食べるのもやめて聞き入った。


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