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旅立ち
【青春 恋愛小説】

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旅立ち-6

僕は朝から掃除に追われていた。絵里が10時に部屋を訪れることになっている。何度目かのデートで、僕は焼き物を集めている話しをした。絵里はそのなかの一つの焼き物に興味を持ち、それを見せる約束をしたのだ。絵里が僕の部屋を訪れるのは初めてだった。

僕は、殺風景な部屋をなんとかしたいと、デパートで買ってきたシャガールのポスターを額に納めて壁に掛けていた。どうも傾いているようにみえる。僕は、ポスターの角度を調整しては、眺めることを繰り返していた。

「こんにちは!」
「え、絵里ちゃん!」

時間より早く、絵里がやってきた。まだ、掃除が終わらずドアも窓も開けっぱなしだったのだ。僕は、ばたばたと片付けると、慌ててエアコンのスイッチを入れた。

「早かったね?」
「あ、シャガール! 勇斗くん、こうゆう絵が趣味なんだ。」
「絵里ちゃんと絵を見て歩くようになって、部屋にも一枚欲しいと思ってね。」
「へえ、なんだか嬉しいな!」

絵里の華やいだ笑顔が広がる。僕は、はっきりと心のときめきを自覚していた。
早速、僕は自慢の焼物を並べはじめた。僕が集めているのは、比較的安価に手に入りやすいぐい呑みであった。伊万里や備前といった伝統的なものから新人作家の作品まで数個のぐい呑みを並べていった。そのなかに祖父の形見としてもらった一つのぐい呑みがあった。
絵里は、鮮やかな緑と黄色に染められたそのぐい呑みを見つけて手にとった。器を裏返すと福の一文字が書いてあった。絵里は、その器をしばらく眺めたあと静かに器を置いた。

「どうやら、期待した器とは違ったみたいだね?」
「ううん。器はね、普段使えるものが一番良いのよ。あまり値打ちものだと、箪笥の奥で日の目を見ることはないもの・・・・」
「それもそうだな。どれも気に入っているけど、普段友達と呑むのに気楽に使えるものばかりだからね。」
「道具も生き方も、理想を追い求めるより、身近なもので自分の手に馴染むものが一番良いのよ。」
「そうだね。僕もそう思う。」

僕たちは、人について、人生ついて語りあった。絵里の話は興味深く、途切れることなく話しが続いたが、何時しか会話が途切れていた。僕は絵里を腕の仲に抱き寄せた。絵里は僕の腕のなかで、甘えるように僕の心を問い質した。僕は黙って絵里に唇を重ねた。
そのまま僕たちは、長い間ただ抱き合っていた。

絵里を抱きしめることで、僕は満ち足りた気分に包まれていた。ただ、その思いは、渚を抱きしめている時と少し違うような気がした。そして、心のどこか別の場所で、自分でも理由の分からない不安が静かに広がっていくのを感じていた。

昼過ぎ、絵里は大学の講義に出るため帰っていった。

一人残った部屋で僕は考えていた。
僕は、絵里を好きなのか?
僕は、渚をどう思っているのか?
好きって、どういうことだろう?

考えるだけ無駄に思えた。渚に会いたいと思った。

渚に電話をすると明るい声が返ってきた。30分もしないうちに渚が現れた。渚の屈託のない笑顔に、僕は何故か胸が締め付けられた。


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