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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-8--15

「一体何をどうしたら慈愛が火口君を怪我させる事態になるのかね」
 木下識徒〈きのしたしきと〉は呆れを隠さない。
 この母娘のことはそれこそ慈愛が産まれる前から知っている。目の前の女の歪みも狂気も知って、尚且つ何もしない。言う時はあるが基本は傍観している。
 今回のことを彼女から聞かされても、木下は特に何かを自分からしようとは思わない。
 “壊された”んだろうなと自覚はしているが、やはり何も思わない。感じない。
「その二人をどうするつもりだ?」
「さあ? 慈愛次第ですかね」
「君らしくないな。生かすメリットがないのに」
「慈愛に頼まれたんですもの。ちょっと待ってって。ならしばらくは慈愛に任せることにしたんです」
 この女はいつも通り。事態を緊迫して受け止めてないように見える。
「そう言ってられる状況なのか?」
「まあ、そうですね。……いざとなれば、ね」
 いざとなれば、慈愛の感情を無視して行動する。そういうことなのだろう。
「ま、先生の仰ることは大体分かりますわ。でも、あくまで親子の問題ですから」
「よくもまあ、言い切るものだ。倫理や法律や他者の感情を無視する君のやり方は破滅しか導かないというのに」
「あら? 心配してくださるとは珍しい」
「君には何も産み出せない。そんな君が母親を気取るのがおかしいだけだ」
 ふっ、と気配が変わる。しかし特に何も言わない。どうでもよくなったのだろう。
「これからどうするのかね?」
「さあ。慈愛次第ね」
 先程と似たような、しかし僅かに違うニュアンスを漂わせ。
「慈愛。それが私の生きる理由だから」
 だから先生、と続いた言葉は、何処か憂いを帯びている。
 ように聞こえるだけなことを木下は知っている。彼女の中に、そんな殊勝な感情は存在しない。
「慈愛の為なら、私は何でも。何でもする。何でも……それが慈愛の為になるなら」
 ならばこの行動理念は、何処から来ているのか。
「母性愛は素晴らしいね」
 一言皮肉を言って、会話は終わる筈だった。普段の彼女なら。
「慈愛が私を裏切っても」
 しかし、独白のような韜晦はまだ続いた。
「私は慈愛の母親だから」
 言葉は真剣で真摯で誠実で。
 でもそれは彼女に限り、演技でしか有り得ないのだ。彼女の中には“痛みしか存在しない”のだから。
 黙って言葉を待つが、正直木下には理解らない。
 何かおかしいのだ。上手く言えないが、矛盾している気がする。
 だけど、それも木下にはどうでもいい。
「裏切るとはどういうことを指すんだ?」
 この疑問も、本当はどうでもいいのだが、ただ流れに任せて。
「…………」
 彼女は答えなかった。
 どうでもいいから、これ以上追求したりはしなかった。


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