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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-9--1

 子は親から無償の愛を受ける。親にはその義務がある。
 何も苦しみのない楽園から無理矢理に地に引きずり堕とし、生きる痛みと死ぬ恐怖、産み殖やす役目を押しつけたのだから。

(『血縁という絆の呪縛』
 金田一 要
 西暦一九九七年 著)



「何か見たい映画ありますか?」
「……ない、俺あんまり映画知らないから」
「じゃあ好みのジャンルとかないです?」
「んー……」
「じゃあ『Cube』とか」
 監禁されてる人間に対する嫌味、ではなく天然で勧めてるのが神栖らしかった。「なんでもいいよ」と葉月真司は逃げておく。葉月はあまり映画や小説などに詳しくない。よく考えなくても面白くない人生を送っている。
 《秘密基地》に監禁されて十日は経った。三学期はもう始まっている。捜索願を出してくれてもおかしくない時期だが、未成年でもない男の失踪を警察が真剣に探すか、正直疑問だ。そもそも捜索願を出してくれるような人は誰もいないし。
 この《秘密基地》には生徒自慢のホームシアターがあり(葉月は初めてここまで本格的なAV機器を見た)、ソフトも多くかなり趣味としてはのめり込んでいる方だろう。暇つぶしには事欠かないが、しかしそういう問題では決してない。
 神栖の母親と“あの”死体の正体との関係は神栖から聞いた。復讐心からの行動なのだろうとしか推測出来ないし、何より神栖にされてきたことを考えると決して同情出来ない。
 神栖は毎日のように来て食事や薬などを持ってくる。無邪気な笑顔は、もはや信用出来なくなっていた。この状況で笑えるのは狂人か無理矢理に笑顔を作っているか。神栖は後者だ、そう信じる。……だが、あの母親と水瀬先生は、前者だ。
 水瀬先生と神栖が会話している様子はない。神栖も発狂した水瀬先生とどう接したらいいのか、分かりかねているようだった。自分が薬などを持っていって飲ませているが、とっくに限界は来ている。
「……みーちゃんはどうですか?」
「落ち着いてる。……神栖が持ってきてくれる薬で眠ってもらってるけど」
 生徒に出来る限り不安を与えない言葉を選んだつもりだが、神栖はこの程度の欺瞞は見抜く。
「お母さん、みーちゃんと個人的に仲良かったみたいなんです」
「水瀬先生が?」
 意外では、ないのかもしれない。どんな犯罪を犯していても、水瀬先生にとっては弟なのだから。
 血の縁は、それほどに重い。動機のあるあの母親を疑ったのだろう。それと同時に、贖罪も。
 神栖の母親の抱える凶気は深い。それを理解しながら、完全に無視出来るような人ではなかった。水瀬奈津美はあの母親と個人的な親交を築くことで、弟の行方と贖罪を少しでもしたかったのだろうと思う。
「みーちゃんは……知りたがってました。その気持ちは、想像出来ます……けど」
 分からないのは母親の方。加害者の家族と友人関係を築くのは、普通じゃないと感じる。
「お母さんは知らなかったのに……」
「もういい」
 黙らせる。神栖が悪くない、とは言えない。
 だけど、自分だったら、どうしていた? 何も言える筈がない。
 だが、神栖の母親に対する想いも、母親の狂気も、葉月の予想を遥かに超えて理解できない。理解してない癖に、自分の安易な行動が神栖を追い詰めた。
「神栖」
「……はい」
「お母さん、ヒドいこと、もう神栖にしてないか?」
 神栖は笑みを浮かべる。あの母親と、同質のものを。
「はい。お母さん、ずっと優しいです」

 ――痛いことしない、怖いことしない、理想のお母さんです。

「…………」
 凶気は娘に向かわなくなった。それは救いかもしれない。
 だけど、あの凶気は、更に加速した凶気は、一体何処に向かうのだろう?


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