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歌人〜Utaibito
【青春 恋愛小説】

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歌人〜Utaibito-1

 ソロミュージシャンの『ハルカ』は現在二十歳。その若さにも関わらず、その卓越した歌唱力と表現力でデビュー二年目にして『歌姫』と呼ばれるようになっていた。
 彼女の本名は菊地春香。名前をカタカナに直し、それをそのまま芸名としたのである。

「大山さん、私今日は新曲の打ち合わせに行きますんで!」
「ナオヤさんのとこね?」
 ハルカのマネージャーである大山香苗はハルカが一番信頼できる人物である。
「わかったわ。だったら私が彼の自宅まで乗せてくわ。もう夜だしね」
「そうしてもらえると嬉しいです」
 ハルカは笑顔でありがとうと大山に礼を言った。

 ナオヤという人物については謎が多いとされている。デビュー以来、ハルカが出したシングル4曲全ての作曲をしている人物であるが、その素性を知る人物はハルカとマネージャーの大山だけだ。事務所の社長でさえ知らないのだ。ちなみに作詞はハルカ自身が行っている。
 ところで、4枚のCDの中のカップリング曲の中で、一曲だけナオヤ以外の人物…某大物作曲家が作曲したものがあったが、その曲自体はあまり好評価ではなかった。別にハルカが嫌がっているわけでは無いが、どうやらナオヤとの相性が良すぎるらしい。
 また、ナオヤはハルカの事務所の人々に、自分のことを知られたら、ハルカの曲はもう作れないとも伝えた。ハルカや大山がその伝言を事務所の社長に伝えると、やはり実績というものがあるから、彼の条件を呑むしかないと社長はため息をついた程だ。
 だから、ハルカは大山にしか送迎を頼まない。ハルカ自身も、そして大山までもが事の重大さを知っているのである。

「そのペンダント、色が落ちてきたわね〜」
 車に乗った時に、ハルカが付けている赤い十字架が付いたペンダントを見て大山は呟いた。
「そりゃあ四年も経てばこうなりますよ…」
 このペンダントは四年前、初めて付き合った男の子とペアになるように買ったものである。私服の時のハルカはいつもこれを付けている。そんなものだから、最初は綺麗な赤だった十字架も、だんだんと内側の材質が見えてきていた。
 
 ちなみに、飾りがついているのがペンダントで、ついていないのがネックレス。当時そんなことを知らず、彼女達はそれをネックレスだと言っていた。それを知ったのは、この業界に入ってからである。

「業界に入る時に、彼氏と別れさせられちやったけど、それでも外せないか…分かるわ〜」
「何言ってるんですか〜…彼だって、ちゃんと理解してくれてるんですから…」
 芸能活動をする前に、先ず彼氏がいるなら別れて下さいと言われ…ハルカは困ったが、彼氏はそれを嫌がることもなく、むしろ励ましてくれた。だからこそ彼と別れてしまったけれど、こうして頑張っていられるのだ。

 そんな中、車のラジオからノリのいい声が流れてきた。
《Hey!DJネコスケが送る、ミュージック・メッセージ!今夜も皆からの大切な人へのメッセージをリクエスト曲に乗せてお送りするぜ!》
「あ、今日も始まったわね、この番組」
 大山はこのラジオ番組が好きらしい。ハルカも時間があればこの放送を聞いていた。
《最初のメッセージは、PN.青の十字架さんからハルカさんへのメッセージだ!》
「え?」
 自分の名前が流れて、思わず聞き入ってしまう。
《…仕事大変そうだね?昔のことを覚えているかい?学校の屋上で二人で音楽を楽しんでいた時のことを。俺は今でも忘れてないよ。君と初めてセッションしたこの曲を聞いて思い出してくれよな?…うーん青春の思いでって感じだね〜これはもうリクエストに応えるしかないね!リクエストは本名陽子で『カントリーロード』!》
 ラジオからは懐かしい音楽が流れてくる。間違い無い。これは私に向けてのメッセージだ。そしてリクエストした人物は…。
「…全く……」
 曲を聞きながら、ハルカは昔の自分を思い返していた…。

 それからしばらくして、車はあるマンションの前で停止した。
「じゃあ私はこれで。明日は午後一時に緑岡スタジオ入りだからね」
 大山はハルカにそう告げて帰っていった。
「…よしっ!行こう」
 ハルカはマンションへと入っていった。


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