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Dear.
【悲恋 恋愛小説】

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Dear.The last smile-5

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志穂は、大学病院の医師達の必死の処置と、成人約2人分もの輸血交換によって、一命は取り留めた。
子供も翌日には大学病院に移され、その時初めて俺は産まれた小さな命を見る事が出来た。
この大学病院に、家族3人が揃う。
でも、見られるのは俺だけ。
一命は取り留めたものの、志穂の肝臓、腎臓、胃腸、その他臓器は既に壊死に近い状態だった。
「志穂、子供もここに来たからな」
反応のない志穂に向けて、そう呟く。
志穂は、集中治療室から出る事は出来なかった。
胃が機能していない為、首から足の先まで何十箇所にも渡り、点滴を差し込まれて栄養等が送られた。
腎臓機能も働いていないので、人工腎臓機器が付けられ、更には、肝臓機能の麻痺により外科手術も出来ない為、帝王切開手術した傷口も化膿して開かれたままだった。
「志穂、聞こえるか?」
志穂に反応は見られないが、意識がない訳ではなかった。本当に時々ではあるが、声を掛けると手足を僅かに動かしてくれたり、俺達に精一杯返事をしようと懸命だった。
志穂に意識はあった。それは残酷な事だったのかもしれない。
機能していない内蔵を身体に抱えて、無数の針を刺され、手術の傷口は開いたまま。
それは、俺の想像を遥かに超えた痛みだったに違いない。
それでも志穂はその痛みに耐えながら、必死に生きようとした。
幸せな明日を夢見ながら、必死に、必死に生きようとした。
…しかし、運命とは残酷な物で、志穂の臓器は二度と回復する事はなかった。







志穂の回復しない臓器。
俺は大学病院と相談し、多機能が故に人口臓器が難しいと言われる肝臓、その肝臓の生体肝移植手術の準備に入った。
俺と志穂はどちらもA型。
俺がドナーとなり、俺の肝臓の一部分を取って、それを志穂に移植する。
長時間を有する大変な手術だが、肝臓が機能すれば、志穂の未来も変化してくる事は間違いない。
「志穂…」
集中治療室での短い面会時間。
志穂の手をギュッと握って、ゆっくりと語り掛ける。
短期間で急激に痩せ細った志穂の手。
驚く程に冷たいが、微かに残る温もりが、俺の心に広がっていく。
「…明日、倫理委員会が開かれるんだ。それで通れば、志穂の中に俺の一部が入るからな」
殆どが機能していない志穂の中。
ドナー、レシピエント共にものすごい体力を使う移植手術に、志穂は耐え切れるだろうか。
…志穂なら、大丈夫だ。大丈夫。
「もう少し、もう少しだからな、志穂。頑張るんだぞ…」
もう少し。
もう少しで未来が見えてくる。
全ては良くならないにしろ、生きて、そして笑ってくれればそれでいい。
例え植物人間になろうが半身不随になろうが、顔の筋肉さえ動くのであればそれでいいのだ。
だから。
「聞こえてるか…?志穂」
お願いだ、志穂。
俺を置いてはいかないでくれ。


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