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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-7



 波が優しく砂浜へ打ち寄せていた。
 サーフィン用のブーツを履いた足でゆっくりとその波の中に入ると、ブーツの上から身震いしそうなほど冷たい海水を感じた。
 一瞬立ち止まり、何かを決意するように大きく息を吐き出し、彼女は沖へ足を進めた。
 水深が腰の辺りに来ると、彼女は海面に板を載せ、波が過ぎるのを待ってからその板の上に飛び乗った。

 波が来るたびに板を波面に強く押さえつけるようにして、彼女がアウトに出ると、春の波はゆったりと裕美の板を揺らした。
 再びウェットの外から海水の冷たさが伝わってきたが、今度は、身震いするほどの寒さは感じなかった。

 それほど高い波ではなかったが、それでもアウトに出るまでには、それなりに体力を消耗する。
 彼女は自分の息が少し上がっているのを感じた。
 その乱れた呼吸を整えるように大きく息をしながら、乗れそうな波を何本かやり過ごし、今日の波や周りのサーファーを見るとなく見ていた。そして、自分が波に乗る姿を何度となくイメージした。

 雲に隠れた柔らかい日差しが、じんわりとその熱をウェットの上から体へ伝えた。
 グローブをした手で海水を掬(スク)い、その水を自分の顔にパッティングするようにあてた。

 水は目が覚めるような冷たさだったが、それが逆に心地良く感じた。

 遥か沖に1隻の船が見えた。

 あまり遠くにいるので、その船は白いベールでも被っているように霞んで見えた。
 すると、彼女の視界の片隅で何かが飛び跳ねるのを感じた。
 おそらく、鰡(ぼら)か何かの魚だろうと思った。

 千葉の汚い海でも魚はいる。サーフィンを始めてから、何度となく海面から飛び上がる魚を目にしていたが、今では見慣れた風景の一つとなり、その姿に驚くこともなくなった。

 遥か彼方から続く水面が、厚い雲を超えて届く朝日にもったりと輝いて見えた。

 彼女はその輝きを見ながら、緩やかな春の訪れを再び感じていた。

 暫くして、自分の呼吸が整うのを感じると、乗れそうな波の中で、他の人が乗らなそうな小さめの波を選んで、板を海岸へ向けて扱ぎ始めた。
 パドルに夢中になり周りを見られないでいると、視界の片隅で立ち上がった他のサーファーを確認した。
 そこで彼女はパドルを止め、板をアウトに向けなおし、次の波を待った。

 お世辞にも上手だとはいえない初級者サーファーの彼女は、他の上級者を邪魔しないようにいつも心がけている。
 たくさん波に乗らないとサーフィンは上達しないのだが、海には守らなければならないルールがある。
 そのルールの中でも、最もスタンダードで重要なものが「前乗り」と呼ばれるルールだ。
 それは人が乗った波と同じ波にその前から乗ってはいけないというモノで、海の中では何があろうと1番先にその波をゲットした人が優先だ、というルールだ。

 しかし少し波に乗れるようになると、自分が波に乗る事に夢中になり、周りが見えなくなる事がある。夢中でパドルをしていると、すでにその波に乗っている人がいても気が付かないことがあるのだ。板が波に乗りスピード上げてしまったから、慌てて自分の板を波から退けようとしても、波の力に自分の力が敵わず、結果、前乗りしてしまう事がある。
 彼女も何度か経験した。
 そうした失敗をした場合は、可能な限り体で謝罪の気持ちを表現し、その相手にアピールする。すると大抵の人は、笑顔で許してくれるのだが、中には罵声を浴びせる人もいる。
 幸い、彼女は罵声を浴びせるような人の波に乗ってしまったことはないのだが、何度か海の中で怒鳴り声を出している人を目撃したことはあった。


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