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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-66

 何度か同じ動作を繰り返し、前方に波がなくなるのを感じると、再び左後方を確認した。すると、先ほどのロングボーダーと慎治の間に、波が崩れきったスープが生じ、そのロングが波からゆったりと上がるのが目に入った。
 そして、その手前にまだ少し波面が残っているのを確認し、彼は板を半回転させ、また同じ動作を繰り返そうとした。
 しかし、その時には波のパワーは失われ、彼の板を押してくれる感覚は無くなりつつあった。
 彼は最短距離で波のトップを目指し、波のエッジに引っ掛けて板ごとジャンプした。
 足を胸にひきつけ、板を掴もうとしたが、上手くタイミングが合わなかったのか、彼にそこまでの力が残っていなかったのか、板を掴むことはできなかった。

 そして彼は、体を縮めた状態で離れた板と共にそのまま海面に無防備に投げ出された。
 体が海面にたたきつけられた音と共に、彼は4月の冷たい海に沈んでいった。
 海面下に入ると、海上の波の騒音が嘘のような静寂に包まれた。
 ゆっくり彼の体は海に飲み込まれ、彼が硬直した体の力を抜くと、その体は更にゆっくりと海上へ向かって上昇し始めた。
 海面から顔を上げると、頭の先から顔全体に冷たい海水を感じた。
 彼は至福の征服感に浸りながら、板の上に飛び乗り、再び沖を目指して板を漕ぎ始めた。

 ここ最近の中で1番のライディングだった。

 彼が満足感に浸りながら再びアウトに戻ると、先ほど慎治の横にいたロングの初老の男性が「やるな」という風にニヤッと笑いかけてきた。彼もそれに応えるように、自信満々の笑みで軽く頭を下げた。


 ロマンスグレーの長い髪を1つに束ね、日に焼けた黒い肌のその男性の年輪を重ねた笑い皺が、偉くかっこよく、彼の目に映った。





 2時間ほど海に入って、慎治が上がると、裕美は既に着替えを済ませ、板をケースに仕舞い込んでいた。
 彼は平静を装いながら、彼女を誘い出すことに成功した。
 軽く食事を済ませてから、彼の好きな桜のスポットに行くことを彼女も承諾してくれたのだ。
 残るはそこで気持ちを伝えるだけだと、少し安堵したが、その言葉が見つからないことにある種の苛立ちと、不安を覚えていた。


 その桜スポットは、学生の頃からこの時期になると必ず1度は行っていた彼のお気に入りの場所だ。
 彼は大学の教養課程を厚木校舎で過ごした。
 茨城の実家から通える距離ではなかったので、独り暮らしができると期待していたのだが、社会人になっていた長男と、就職活動を始めたばかりの次男が一緒に暮らすことになり、彼もそのマンションに共に押し込められることになった。
 都内で便のいい場所に住めることは嬉しく思ったが、長男の監視下に置かれたことは、彼にとって不服だった。
 教養課程の2年間、飲み会を理由に独り暮らしの友人の家を渡り歩くように生活していたのだが、終電も逃し、泊めてくれそうな友人も捕まらなかったある日、彼はその桜並木を発見したのだ。
 酔っ払いの千鳥足で、フラフラしながらあてもなく彼は歩いていた。朝までどうやって時間を潰すか考えていたのだ。気が付くと、人里離れた物静かな幹線道路を我が物顔で歩いていた。
 すると、酔っ払いの目に眩しい光の道が飛び込んできた。
 その明かりに誘われるようにそこへ近づくと、目下の暗闇にふんわりと桜並木が続いていた。
 彼はその桜並木へ続く小さな階段を誘われるままに下り、ぼんやりとその桜を見ながら歩いた。
 そして、その日は桜の下にあるベンチで日が明けるまで独りで寝た。
 朝起きて周りが墓地だった事に多少寒気を感じたが、そこの桜が美しいことには変わりはなかった。


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