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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-62



その日は、曇ってはいたが気候は穏やかな日だった。
 15分に1本くらいの間隔でセットが来ていた。海の中のサーファーを見ると、上手く波に乗っている者も少なくなかった。

 慎治はどの辺りから入るかを裕美に告げると、早速アウトを目指した。
 アウトから砂浜を見ると、のんびりヨガのポーズをとりながら、準備体操をしている裕美の姿が見えた。前回一緒に来た時、彼女はそんな悠長に準備体操はしていなかった。もしかしたら、慎治が自分より先に海に入らないことを察した彼女は、早々に柔軟体操を切り上げたのかもしれない。

「空気を読めるいい女だ」と、彼は勝手に解釈した。

 まだ海に入るサーファーは、夏ほど多くはなかったが、セットの波取り合戦は、無言ながらに激しく行われていた。
 しかしルールを重んじているサーファーとの波取り合戦が、慎治は好きだった。運良く波をゲットできた時の優越感と、その波に気持ちよく乗れた時の満足感は、他には替え難い達成感のようなものがある。
 もし自分の狙った波が他の誰かに奪われたとしても、そのライダーが気持ちよく波に乗っている姿を見ると、次は必ず取ってやると、いい意味でのライバル心というか向上心が芽生える。
 しかし海から上がると、そんな闘争心もどこかに消えてしまうのだ。彼がサーフィンをこよなく愛する理由の1つがそこにある。

 その日は思いの外、波がよく、春先のわりには長く海に入っていた。
 海から上がると、裕美はすっかり着替えを済ませ、浜辺でサーファーを見ていた。

「ごめんね。遅くなって。」
 砂浜に佇んでいた裕美を見つけた慎治が声をかけた。
「もっと入ってて良かったのに…。」
 春の風に穏やかに揺れる乾きかけの髪を押さえながら、裕美が答えた。
「これ以上入ってたら、凍え死んじゃうよ。」
 慎治は笑いながら言ったが、鳥肌が立っていることに気が付いていた。

 お昼を近くの定食屋で済ませ、千葉を出たのは3時を回っていた。

 海の帰り道では合流などで、決まって数箇所混む場所がある。いつもはなるべく空いている車線を選んで帰るのだが、彼はその日、わざと混んでいる車線を選んで走った。
 裕美との距離を縮めたいという気持ちがあり、夕食に誘おうと思っていたのだ。
 しかし一向に腹は空いてこなかった。首都高の出口が着々と近づき、最後の渋滞ポイントに差し掛かった時、時計は午後の6時になろうとしていたが、胃袋に隙間を感じることはなかった。
 定食屋で出されたものを、完食した自分を後悔したが、食べ物を残すのはあまり性に合わない。
 大きな川の長い橋の向こうの方まで、一定の間隔で赤いテールランプが見えた。辺りは薄暗さを増していたが、食事をしたいと思うほどの空腹感はなかった。ちらっと裕美を見たが、彼女の口からも「お腹が空いた」という言葉は聞けそうになかった。

「なんか、腹減ってないけど、今食べとかないと夕飯食わなそうな気がする…。」
 前の車のテールランプを見ながら、視界の片隅で注意深く裕美の様子を伺った。
「なんかわかる。お腹は全然空いてないけどね。」
 裕美が遥か向こうの車のテールランプを見ながら答えた。苦し紛れの言葉だったが、彼女が同意してくれて安堵した。
「高速降りたら、なんか食って帰ろうか。」
 ダラダラ走る車のブレーキを踏みながら慎治が言うと、彼女は「いいよ」と小さく頷いた。彼の中に小さな安心感が生まれた。


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