冷たい指・女教師小泉怜香C-1
コーヒーメーカーの中身はすっかり煮詰まってしまっていた。
一口だけ口をつけてはみたものの、苦いばかりでひどく不味く感じ、私はそれを洗面所に流した。
「……マっズ……」
ささくれ立った気分のやり場がなくて、無意識のうちに険しい表情になってしまう。
苛々している私を嘲笑うように、その茶色い液体はホーロー張りのシンクの表面を楽しそうにクルクル回りながら、真っ暗な排水口に吸い込まれていった。
「……ハァ……」
最近、こうしてため息をつきながらコーヒーを捨てる日が増えている。
亮が保健室にあまり顔を出さなくなった理由は、なんとなくわかっていた。
簡単に言ってしまえば、彼に親しい友人が出来たのだ。
最近亮の口からよく出るようになった「ヤマト」という名前。
半年前、亮のクラスに転校してきたばかりのその生徒を、この学校内で知らないものは誰一人としていないだろう。
スポーツ万能、学業優秀な男前の転校生。
これだけでも山門彰吾には十分なインパクトがあった。
更にそれに加えて、関西人特有の気取りのない陽気な雰囲気。
そして彼自身が持っている、人を惹きつける不思議なオーラと人柄で、ヤマトはあっという間に学校中の人気者になった。
こういう持って生まれた圧倒的なカリスマ性は、誰にでも真似の出来るものではない。
転校してきてわずか数ヶ月だというのに、この春の選挙でヤマトは断トツのトップ当選で生徒会長に選ばれた。
華やかで陽気なヤマトと、もの静かで目立たない亮―――。
一見全く合わなさそうな二人だが、ヤマトのように卓越したリーダーシップを持った人間が、亮のように常に冷静で大人びた判断が出来る友人を欲しがるのは理解できるような気がする。
最近、休み時間や放課後、ヤマトと実に楽しそうに話しながら歩いている亮の姿をよく見かけるようになった。
その表情を見ていれば、亮も彼のことを、本来の自分らしさをを発揮できる「よき相棒」だと感じているのが自然に伝わってくる。
ヤマトは、今まで亮の周りにいたクラスメートとは明らかに一線を画した「特別な」生徒だった。