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SFな彼女
【SF 官能小説】

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SFな彼女 -Sweet Face編--3

2. 俺だって私だって

結局、昨日ユズリハは帰ってこなかった。
滞在期限とかメモには書いてあったから、宇宙人同士で何やら帰国――帰星か?――の準備をしているのかもしれない。
そこまで彼女のことが心配にならないのはそういったこともあるが、今日のゼミの勉強会のせいに違いないと思う。
ユズリハが帰ることへの寂しさと、何故か感じる彼女への後ろめたさ。
そして、榊に抱くこの妙な気持ち。
そんな感情が俺の中でごっちゃになり、ぐるぐると回っていた。
(何なんだよ、これ)
心の中で毒づき、俺はゼミ勉強会が開かれるX棟地下教室の扉に手をかける。
X棟は大学の中で最も古い棟で、おまけに地下教室ともなれば極端に狭く、普通授業は開かれない。
二年もここに通っている俺だが、地下教室はおろかX棟に足を踏み入れるのも初めてだった。
気のせいか廊下の照明も暗く感じる。
(この時期、普通にもっといい教室が取れるだろうに)
疑問に思いながら、俺は扉を開けた。

「……おはよう」
狭い教室に、榊は立っていた。
相変わらず冷めた瞳を銀フレームの奥に隠し、冷たい口調で俺に着席するよう指示する。
しかし格好はこの前と同じようにカジュアル――いや、それだけではなく、今日は珍しくスカートだ。
思えば榊のスカート姿を見るのはこれが初めてかもしれない。
「始めるわよ」
榊は言ってテキストのプリントを俺に手渡した。
「え? 他の連中がまだ……」
「来ないわ。返信が来たの、あんただけだったから」
そう言ってホワイトボードに何やら書き出す榊に、俺はそれ以上は何も言えずに口を噤み、プリントをめくった。


それから一時間だろうか、俺達はひたすらランボーを和訳し読解に励んでいた。
『母音のうた』に『イリュミナシオン』――こんなにまともに仏語を読んだのも、大学に入って初めてのことかもしれない。
少しだけ勉強が楽しいと思えた。これもまた初めてのことだ。
「飲み物買ってくる」
テキストも一区切りついたところで、俺は伸びをしながら榊に何が欲しいか問うた。
何でも、と答える榊に頷き、俺は教室を出る。
微弱とはいえ暖房のかかっている教室とは大違いだ。
うっかり上着を着て出るのを忘れた俺は、自販機で缶コーヒーをふたつ買うと、すぐに教室へと引き返した。
「……ありがと」
小さく礼を言う榊。
何となく気まずい雰囲気が、俺たちの間に流れる。
俺は不意にこの前のことを思い出し、ごまかすように頭を掻いた。
「そ、それにしても」
少し裏返った声で切り出す。
「せっかく勉強会だってーのに、俺とお前だけなんて、なあ?」
少し大げさにそう言って、榊の反応を窺う。
しかし奴はだんまりと俺の言葉を聞きながら、コーヒーの缶に口をつけただけだった。
「……こんなところでマンツーマンなんてな」
俺も缶をあおり、今度は呟くように言った。
榊の反応はやはり、ない。
一言返すこともなければ、反応することさえしない榊。
どうしたもんかと空を仰ぎ、そして俺は空になった缶を机に置いて、おどけたように榊に言った。
「なあ、もしかして誘ってんの?」
「………」
その瞬間。辺りに何ともいえない重い空気が流れる。
――しまった。
思わず軽口を叩いてしまったこの口が憎い。
俺は今更ながらに後悔する。
何とかこの沈黙を紛らわすべく、とりあえずテキストを広げ、適当にペンを走らせた。
プリントをめくる音と、ペンのカツカツという音が静かな中に響く。
その時。
「……わよ」
榊が、聞き取れないくらい小さな声で言った。


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