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硝子の瞳(1)
【青春 恋愛小説】

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硝子の瞳(1)-5



ベースが刻むリズムが僕の身体全体を心地よくノックする。指に伝わる振動が得難い興奮をもたらしてくれる。これだ、と僕はいつも思った。弦を弾く度に返ってくる低音がなんともすばらしい。全てにおいて、この楽器に勝る物などない様な気がしてならない。バリバリとした硬い音を掻き鳴らすこの瞬間、僕は無敵になれる。

一通り演奏を終えた後に待っていたのは拍手と感嘆の嵐だった。スタジオにはゆいちゃん、清美ちゃん、理美子に僕といったメンツだ。
清美ちゃんが叩くドラムに適当に合わせて演ってくれと言われた為に、本当に適当に何も考えずに弾いてみただけだったのだが、彼女達には凄く魅えたのだろう、口を揃えて凄い凄いと言われたのは初めての事だった。
「やっぱりすごいね。水嶋くんベース似合いすぎ。持つと人間変わるって言うけど、その通りね」
「ねー。すごいすごい」
褒め過ぎだろ、と思わなくもない理美子の言葉とゆいちゃんの合いの手に、僕は照れる以外に道はなかった。冗談で上手さを誇れる程口達者でも無かったし、逆に自分を卑下すると三人を馬鹿にしてるみたいで嫌だったのだ。
「はいはい、先生のお手本はここまで。多いに参考にさせて頂きまして。さ、練習練習っと」

清美ちゃんの一言で三人が立ち位置につく。右にギター、ゆいちゃん。真ん中にドラムの清美ちゃん。そして左にベース&ヴォーカルの理美子。当然僕はベーシストな訳で、理美子を中心に見る事になる。バンドとしてアドバイスは出来ても、ギターやドラムは知識はあっても演奏出来ないのだから、ベース以外に口出し出来る所が無いのだ。
必然的に僕は理美子ばかりに注意を向けてしまう事になる。まだ組んで間もない彼女等は、技術的にも精神的にもアラが目立つ。バンドの顔であるヴォーカルと、リズム隊のキモであるベースの両面をこなす理美子は、両立させるだけでもかなりの仕事だ。それでも僕の激は主に理美子に飛んでしまう。
「運指乱れてる」「リズムまた狂った」「ドラムに遅れてる」「音出てない」「弦押さえられてる?」等々。
僕が人に何かを教えるのが嫌いな理由の一つに、こうなってしまう理由がある。どんなに気をつけても、上から目線になってしまうのだ。それが当然だと彼女は言うけれど、僕はそれがどうしようもなく嫌いだった。そもそも人と上下を区別するやり方自体が気に喰わないのだ。僕が誰かに物を教えている時は決まって、僕は僕の事を嫌いになっていった。
だから彼女にベースを教えている時は、その自分に対しての嫌悪感みたいなものを8割程度に抑える事が出来たのは幸いだった。なぜかはわからないけど(彼女がとても勤勉だからだと僕は思っている)理美子に強く当たっても、彼女にとってもプラスになる気がして気持ち良かった。


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