投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

そして私は俺になる
【青春 恋愛小説】

そして私は俺になるの最初へ そして私は俺になる 6 そして私は俺になる 8 そして私は俺になるの最後へ

そして私は俺になる-7

 暇だから、ゲームでも買いに行こうと思った。受験のためにゲームを封印するとか言っていた少し前の自分に、口約束は無効になるのだよと忠告をする。

 少し寒いが良く晴れたいい日だった。昼休みが終わって、いやいや仕事に戻る工場のおじさん達に自分の暇さをアピールしながら自転車を漕ぐ。ゲーム屋まで自転車で十分といったところだった。

 岡安とキョウは付き合うことになった。別にそのことが辛いとかは思わなかったし、キョウと気まずくなったわけでもなかった。ただ、キョウは俺といるより岡安といることの方が多くなった。

 歩行者用の信号が点滅していた。俺は急いで渡ろうとしたが、間に合わず信号は赤に変わり、車が動き出す。それでも、俺は車が切れるのを見計らって道路を渡ろうと思った。その時、横から来たババアの自転車の前輪と俺の自転車の後輪がぶつかるのがわかった。

 ババア危ねえだろうがと心の中で毒づいて、道を渡りきって振り返るとババアが自転車と一緒に倒れているのが見えた。さっきの衝突で倒れたのだろうか。いいや、早くゲーム買いに行こう。でも、自転車を起こすくらい手伝ってもいいかもしれない。

「クソが」

 俺は自転車を停めて道を戻った。

「大丈夫ですか?」

 思い切り余所行きの声で聞く。それでも、ババアは俺を無視して起き上がろうとしなかった。なんだ、俺にケンカ売ってるのか、こら。

「ちょっと、あなた」

 そこに通りがかった女が声をかけてきた。二十代くらいのスーツを着た不細工な女だった。

「いえ、ちょっとぶつかっちゃって…」

 女は倒れているババアに、しゃがんで声をかけている。

「ちょっと、これ、早く病院に連れて行かなきゃ」

 は? 俺は女が何を言っているのか理解できなかった。

「あなた、お家に連絡して車出すように言えない? 私、車持ってないのよ」

「いえ、家はちょっと…。救急車とかじゃダメなんですか?」

「そういう事じゃなくて、あなたのせいでこんなことになったんでしょ? 早く電話しなさい! そこに公衆電話があるから」

 俺は何が起こっているのか理解できなかったが、とりあえず女の言うとおりに家に電話した。自分がとてつもなく悪いことをしてしまったのだということだけがわかった。

 しばらくして母親が車に乗ってやってきた。母親は蒼白の顔をして俺の頬を叩いた。

 それからのことはあまりよく覚えていない。病院に行って、ババアの旦那さんが来て、母親が泣いて謝った。ババアの旦那さんの手はずうっと震えていた。怒りからくる震えではないことは明らかだった。

その事に気付いたとき、俺の中からたくさんのものが溢れ出した。受験の事、キョウの事、岡安の事、そしてババアの旦那さんの手。俺は叫びたくなるのを必死にこらえた。それでも俺の中から溢れ出すものは止まらない。俺は、それらに押し潰されそうになるのを震えながら耐えた。いつまでも、いつまでも。



 今にして思えば、通りすがりの女性が救急車を呼ばなかったのは、私の事を慮ってのことだった。救急車を呼ぶと、自動的に警察にも連絡が行き、当時中学生だった私にはありがたくない事になっていたかもしれない。私と衝突した女性は手塚さんという六十くらいの農家の方だった。手塚さんが倒れた場所は、鉄製のマンホールでそこに元々悪かった膝をぶつけてしまったようだ。そして、手塚さんは満足に歩くことができなくなってしまった。それでも、あの事故は手塚さんのご好意で示談ということになった。そのことを手塚さんから電話で聞いた母が、泣きながら電話越しに頭を下げていたのを覚えている。この事件の後始末は当事者の私を全く無視して進められた。母は歩けなくなってしまった手塚さんの通院の送り迎えをしていたが、そのことを私が知ったのはずいぶん後になってからだった。手塚さんも母も私に気を使っていたのだろう。私は、無力で無知な子供だった。


そして私は俺になるの最初へ そして私は俺になる 6 そして私は俺になる 8 そして私は俺になるの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前