投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

アンダー・ザ・スカイ
【大人 恋愛小説】

アンダー・ザ・スカイの最初へ アンダー・ザ・スカイ 0 アンダー・ザ・スカイ 2 アンダー・ザ・スカイの最後へ

アンダー・ザ・スカイ-1

「ねぇ、あれ、買おうよ」
麻衣は空色のペアのコップを指差した。
「私たちの同棲生活のスタートとして」
彼女はそれを空にかざした。
「ずっと一緒だよ」
本物の空よりも、もっと大きな世界を。
私たちは、その小さな空色のコップに詰め込むつもりだった。


「今日は早めに帰れそうだよ」
私は玄関で靴をはきながら言った。
「思ったよりプロジェクトの進み具合が良いからね」
その言葉に、妻は反応してくれない。
「麻衣?」
「えっ、あぁ、ごめんなさい」
「具合でも悪いのか?」
少し顔色が悪そうだった。
「大丈夫よ。あなた、行ってらっしゃい」
「無理するなよ、行ってきます」
言って玄関を閉めた。何か言いようも無い不安に襲われ、私は閉めた玄関を振り返った。
――― どうしてその予感を、私は信じることが出来なかったのだろうか
私がその玄関を開けることはもう無かった。
その日、我が家で火災が発生し、妻は死んだ。
火災の原因は不明 ――― けれどそんなことはどうでも良かった。ただ、麻衣が死んだ理由が知りたかった。火災発生時、麻衣は留守だった。燃え上がる我が家を目にした麻衣は、今にも崩れ落ちそうな家の中に飛び込んでいったという。

涙は出なかった。それが許せなかった。何よりも麻衣を愛し、だからこそ私は泣くべきだったのに。
決してなくしてはいけないものがあった。
私にとって、それは麻衣、君のことだったのに。
なぁ、麻衣。お前は一体何を守ろうとしたんだ?

私は何もかもを失った。何か私が悪いことをしたのだろうか。分からなかった。何も、分からなかった。人生で一度だって神に祈りを捧げたことなどなかった私だ。けれどその時ばかりは、雲の上にいて全てを見渡していると言う絶対者に、私はありったけの憎しみを込めた。そうでもしなければ私はどうにかなってしまっていただろう。
妻の遺体すら目にすることが出来ないほどの罰を。
どうして私が。
暫くは何も手がつかず、時間の流れさえ悲しみが飲み込んでしまった。ふ、と考える。どうして炎は、この悲しみまで焼き尽くしてくれなかったのだろうか。大事なものばかりを奪い去り、悲しみだけをこの胸に残し。


時間は、それでも過ぎた。いくつもの季節を越して、その度に麻衣との日々は遠くなった。
やがてそれは一つの過去となり、私の中の一部を占めるに過ぎなくなった。
けれど、ひとつだけ。
麻衣が家に飛び込んだ理由。命を掛けて守ろうとしたもの。
ただそれだけが、いつまでも私の体の中をまるで血液のように駆け巡っていく。
それは十五年たった今でも。


アンダー・ザ・スカイの最初へ アンダー・ザ・スカイ 0 アンダー・ザ・スカイ 2 アンダー・ザ・スカイの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前