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命の尊厳〜a short story〜
【サイコ その他小説】

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命の尊厳〜a short story〜-1

 車窓から見える景色を見て男はため息を吐いた。
 鈍色の雲と深い緑が続くタイガの森は、この国特有の典型的な初夏の風景だ。
 森は延々と続き、地平線の彼方に沈まぬ太陽がわずかな光を放っている。

 男が列車に乗り込んで2日間経つが、停車駅以外、ずっと変わらぬ景色に辟易していた。

 しかし、今は我慢しなければならなかった。男は友好国の大統領に援助を頼むために列車に乗ったのだ。
 男の国は未曾有の危機に陥っていた。国民の大部分が疲弊し、半分が座して死を待つ状況だった。

「閣下、お顔の色が優れませんが?何か体調がお悪いのでは」

 向かいの席に座るみすぼらしい服を着た男が、“閣下”と呼んだ男を探るような目で訊ねる。
 この事も彼を憂鬱な気分にさせる一因だった。男の席を囲むように座る従者達が、彼の一挙手一投足を監視していた。

「大事無い、下がっておれ」
「はっ!」

 従者は男に一礼して席へと戻って行った。

 それから、しばらくして別の従者が男の前に現れた。

「閣下、食事の準備が整いましたが」
「うむ…」

 男はおもむろに席を立ち上がる。1日中、退屈極まりない列車の旅では、食事だけが唯一の気晴らしだった。男は前後を従者に挟まれた状態で食堂車へと移動した。



「これは問題ありません。どうぞ」

 ガランとした食堂車で、男は従者に囲まれながら食事を摂っていた。
 向かいの席には2人の従者が、ジャンパー奥に隠した銃に手を掛けて通路をジッと見据えている。
 男の対面に座る従者は運ばれてくる料理を、毒味をしてから男に差し出していた。
 スープや煮込み料理などの熱い料理も、男の口に運ばれる頃には生ぬるくなっている。

 しかし、男に不満は無かった。彼は物心ついた頃から、このような料理しか摂った事がなかったのだから。

「ところで、大統領府まで、後どのくらい掛かるのだ?」

 男が対面の従者に声を掛けた。従者は腕時計に目をやると、

「…あと2日で最寄りの駅に到着します。駅に迎えのクルマが参りますので……」

 話の途中、次の料理がワゴンに乗せられ運ばれて来た。ワゴンが男の前で止まった時、料理とは別の匂いが鼻をついた。

「閣下!伏せて下さい!」

 従者のひとりは運んで来た給仕ごとワゴンを蹴り飛ばす。残りの従者は、男の上に覆いかぶさった。

 次の瞬間、ワゴンは眩い閃光に包まれて凄まじい威力で爆発した。

 それは食堂車の屋根や壁を吹き飛ばし、もうもうと黒い煙を上げていた。


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