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恋愛小説
【片思い 恋愛小説】

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恋愛小説-2



 それは単一で、精密機械のように無機質だった。
流れているピアノ曲のことだ。綻びのようなぶつ切りのスタッカートと、恐ろしいまでの正確なデクレッシェンド。クロスワードのマス目を塗り潰していくような音の粒は作業的で、ジャズ特有の遊び心がまるで感じられなかった。そういう曲なのか、或いはそういう奏者なのか。どちらにしても鍵盤に踊る指は鈍色にくすんでいそうな、そんな演奏だった。
 CDか有線かはわからない。僕以外の誰の耳にも届いていないだろうその曲は、壁や椅子に吸い込まれて消えていった。
「最近の大学生ってのは金持ちなんだな」
 手にしたグラスの中身を揺らしながら、あかりが呟く。
「何が?」
僕は訊ねる。
「こういう店」
 ちらり、と横目をやり店内を見渡す。僕もそれに倣い、首を傾けた。
 暗い店内を照らすのはステンドグラスに覆われた電球とキャンドルの灯。ボックス席とカウンターに並ぶその一つ一つの照明は客がいれば明りを灯され、いなくなると死んだように暗くなる。
だから客数が少なければ、夕方であっても絶対的な闇が生まれる。躯を蝕むように包み、溶け、混じりあう闇だ。
僕はそこに生まれる弱々しい光にどうしようもなく惹かれていた。
 料理は旨く、酒も美味い。ウェイターの笑みや仕草にも気品が感じられる。値段は決して安くはないが、それに見合ったひとときを提供してくれると思う。
 ただ、気軽なデートにしては重々し過ぎていて、プロポーズをするにしては未来を感じさせない店かもしれない。
―――素敵なお店ね。
人形のように可愛らしく微笑む姿が、脳裏に浮かんだ。
あれは夏の終わり頃だったか。僕が背伸びをして来ているこの店も、あの子は自然と溶け混んでしまっていて。それがどうしようもなく、哀しかった。
「よく来るの?」
「たまにね」
「お洒落過ぎて、圭介には似合わないよ」
「ほっとけ」
 客の入りはまずまずだった。ウェイターがカップルらしき二人組を席に案内し、キャンドルに火を灯す。生まれる光。生命の誕生だ。
 その光景を眺めながら、微笑むあかり。
組んだ両手の上に乗せられた形の良い顎。ごうごうと燃える灯りか、アルコールが回ったからか、頬は橙に染まっている。
お互い、四杯目か五杯目の飲み物を口にしていた。僕は半分ほど減った黒ビールのグラスに目を落とし、フライドポテトを摘んだ。
 最近読んだ小説の話、高校の同級生が結婚した話、通販で買った服が大きすぎた話、好きなバンドが解散してしまった話、他愛のない話だ。
あかりといて会話が尽きることはなかった。時を隔てても、僕らの関係は出会った頃と何も変わっていない。

 高校に入学してからすぐ、僕は頻繁に学校をサボるようになっていた。中学の楽しさが尾を引いていたせいもあるが、初対面の人とうまく馴染めない性格も大きな原因だったと思う。
 出席日数のことで生徒指導室に呼ばれた日があった。面倒臭かったが、また何度も呼び出されることを考えると適当に謝りに行ったほうが時間の無駄にならなそうだ。
ドアの前で謝罪の言葉を二三考え、そしてそれをすぐに断念する。どうせ僕が謝ったところでうまく伝わらないんだ。言い訳なんてせず、とにかく相手の言うことに「はい」と頷けばそれでいい。イエスマンになるんだ。
 そう心に決め、ドアに手をかけた時だ。


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