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恋愛小説
【片思い 恋愛小説】

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恋愛小説-1

「それと、…じゃあ黒ビール二つ。以上で」
 あかりは早口にそう言うと、メニューをぱたんと閉じた。
キャンドルの炎が風に揺れ、テーブルの四隅の闇が踊る。
ウェイターが去っていくのと同時に大きな欠伸をし、眠い、と小さく呟いた。
「悪いね、急に呼び出しちゃって」
 僕は煙草を取り出しながらその呟きに返事をする。自分で言っておきながら、あまり申し訳なさそうには聞こえない。
「別にいいよ」
呆れた声。
「丸一年会ってなかった友達を、しかも女をだ。急に電話で呼び出すなんて圭介ぐらいしかいない」
「悪かったって。あかり、怒ってる?」
「怒ってるわけじゃないけど」
 薄い唇がぶっきらぼうに言い放つ。
 僕は昔からそうだ。小さい頃から人に謝るのが物凄く下手だった。両親に叱られた時も友人と喧嘩した時も真っ先に「ごめんなさい」と頭を下げてきたのだが、逆に神経を逆撫でしてしまうことのほうが多かった。
 きっと僕は「誠意」というものを母胎に置いてきてしまったのだろう。或いは、僕の中での「誠意」と世間一般での「誠意」が大きくずれていたのかもしれない。
「まぁ、あたしのことを女だと思ってないのはこの際どうでもいいとして」
 彪柄のマフラーが外され、ふわりと甘い香りが運ばれてきた。
「他の女を誘う時には気を付けたほうがいいよ。こっちは男と違っていろいろ時間がかかる」
「顔を洗って歯を磨いて、それから?」
「化粧」
「別にしなくてもいいのに」
「すっぴんで出歩けるほどあたしの器量は良くないよ」
 手をひらひらとさせて笑った。
 ステンドグラスに覆われた電球は月のようにぼんやりと浮かび、キャンドルの炎は蜃気楼のように揺らめいていた。二つの光に明確な境界線などない。どちらも薄暗く、けれど久々に再会した友人の顔を盗み見るには十分な明るさだった。
 宝石のように大きく輝く瞳、睫の下に出来る影。絹のように滑らかな肌、きらきらと光る唇。端整な顔立ちではあるが、同時にそれは繊細なガラス細工を思わせた。凛と咲き誇る一輪の華のように可憐で、そしてひたすらに孤高な美しさ。それが化粧によって生まれたものかどうかなんて、男の僕にはわからない。
「いや、あかりは綺麗になったよ」
「は?」
 眉を傾げ、怪訝そうな顔を見せる。
「飲む前から酔ってるの?」
「まさか。本心で言ってる」
「この薄暗い照明のせいだろ」
「さっき外で会った時も思ったよ」
「外も暗い。それに、なったよ、なんて言い方はまるで昔は綺麗じゃなかったみたいだ」
「じゃあ、今日も綺麗だね」
「じゃあ、って何?どっちにしても急にそんなこと言うなんて気持ち悪いよ」
「褒めてやってるのに。かわいくない奴だな」
「どっちなんだよ」
「だから、あかりは美人だって」
「そりゃ、どうも」
 ラグドールのようにふわふわな髪を弄び、微笑んだ。
 変わらないやりとりに、僕も自然と頬がほころんでしまう。軽口を叩きあえる仲は懐かしく、心地が良かった。
あかりはあかりのままだ。高校の生徒指導室で出会ったあの日から、何も変わっていない。その宝石のように澄んだ瞳に、今の僕はどう映っているだろう?
「なに?人の顔じっと見て」
「目が綺麗だな、って思ってさ」
「口説くにしては月並みなセリフだね。そんなこと言う男は二秒でフラれる」
「なるほど。勉強になる」
 ウェイターが近付き、そっとグラスが置かれた。小麦色の泡と、何もかもを呑み込んでしまいそうな漆黒。焚き火の跡に似た焦げの匂いが、甘く香った。
「じゃあ、乾杯しよう」
「何に?」
 何にだろう?グラスを掲げたまま考えてみる。
何だっていい、一年ぶりの再会、変わらない僕らの関係、真っ黒な黒ビールにでもいいかもしれない。
決めかねていると、目の前には悪戯っ子のようなあかりの顔。なら、こんなのはどうだろう?
「君の瞳に、乾杯」
「さっきから言ってて恥ずかしくないの?」
「ちょっとね」
「馬鹿」
 静かにグラスが重なり、闇が揺れた。


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