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「カオル」
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カオル@-2

普段ホステスは、店の売上向上のために客からビールやキープ・ボトルを飲ませて貰うモノだが、普通、1本のビールをホステス全員で分けたり、薄い水割りにして飲んでいる。

 これはホステス自身が酔っ払ってしまい、客に悪態をついたり、逆に客の妙な〈誘い〉に乗らないための措置だ。ほとんどの客はその事を理解している。

 中には気に入ったホステスと、あわよくば〈メイク・ラブ〉しようとするふざけた奴らもいるが、海千山千のホステスを落とす事は、まず不可能に近い。

「ウフフッ、タケちゃんたら一口目はいつも同じセリフね」

「だって、本当の事なんだから仕方ないだろう」

 竹田はカオルの目を見て答える。可愛らしい顔立ちに大きな瞳が実に魅力的だ。

 他愛の無い話が延々と続くなか、大音量のカラオケが響きだした。竹田は思わずそちらに目を向けた。
 年配の男が、お世話にも上手いとは言えない調子で歌っている。

「ゴメンね。うるさいでしょう?」

 カオルは気を遣って竹田のフォローをする。竹田はごくノンシャランな顔で答えた。

「全然。皆、ストレスの吐け口に来てるんだ。心地良いとは言えないが、何とも思ってないよ…」

 それから時間が経つにつれ、ひとり、またひとりと、留まり木を後にする。

「タケちゃん…そろそろ…」

 竹田は腕時計を見た。すでに時刻は午前1時を過ぎていた。少し長居し過ぎたようだ。

「遅くなっちまったな…」

 竹田は料金を払うと、出口へと向かった。カオルは竹田の後をついていく。店を出てエレベーターの前に来ると、竹田はカオルの方を向いた。

「久しぶりに楽しかったよ」

「また、いつでもいらして下さいね」

 竹田はエレベーターに乗り込んだ。ゆっくりと閉まるドアの向こうで、カオルは深々と頭を垂れた。


 2年以上店に通う竹田は、彼女の源氏名がカオルという以外、彼女の本名はおろか、何処に住んでいるのかさえ知らない。

 おそらく他の客も同じようなモノだろう。




───


 1,980年

 藤木晋吾は、産婦人科の分娩室にある待合室で、焦燥の時間を過ごしていた。
 分娩室に妻の須美江が運び込まれてから、すでに2時間が経過しようとしてていた。

 2人にとって、初めての子供だった。

 結婚してずっと子供に恵まれなかった。その間、努力はしたが、全て徒労に終わっていた。
 そして須美江が35歳になった時、2人は決心して養女を縁組した。
 それから丸2年が経過した時、これまでの努力が報われたのか、初めて須美江が受胎したと知らされた。


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