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「魚と彼と下半身」
【性転換/フタナリ 官能小説】

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「魚と彼と下半身」-2

つまり、私が40センチくらいの人魚になって、大きい方の魚が160センチくらいの逆人魚になったらしく、その哀れというか無残な見た目の怪物の下半身は、前の私の下半身。そんな生き物がこちらへやってくる。冷蔵庫に頭をつっこんで、袋や容器ごと食べ物を漁ったのだろう、ぬるぬるしたビニールやプラスチックの欠片を嘔吐しながら、がに股で壁にぶつかりながら、ぶつかるたびに棚にあったCDや本を散乱させ、こちらへ向かってる。そういえば最近ずっと眺めていたわりに、一週間くらい餌をやっていなかった。おなかがすいていたのだろう。私や小さい方の魚もたべるのかな、とか思っていると、その怪物が自分の吐き出した汚いペットボトルを踏んで滑って前へ転んだのが見えた。怪物はうつぶせの格好で、脚は平泳ぎのように動かせながら、水溜りや汚物でぬるぬるした床を這ってこちらへ向かってくる。こっちの移動方法のほうが、この生き物には向いてるみたいだ。目が合った。何故か私は混乱していなくて冷静なのだけど、その惨めな姿の怪物の顔を見た感想は、どういっていいかわからない。怖い気もしないし、笑いたくもない。小さい魚は、私と並んで、怪物を眺めている。人間の部屋でのたうつその哀れな半漁人は、水槽の横にある壁に頭をこすりつけながら、脚をじたばたし、なんとか立とうとしている。やっと立った。本能のまま行動しているような感じで、食欲を満たすべく荒々しく食べ物を探し暴れているような感じだった。この生き物はこっちへやってきて水槽に顔を突っ込んで私を食べるのかな、べつに変な体験をしながら死ねるならそれはそれでおもしろいな、って思っていると、突然、私の未提出未稿の大学のレポートが散乱した勉強机の角に、恥ずかしい部分を擦りだした。椅子を見つけると座って、今度は椅子の底に下腹部を擦りつけながら前後に動いている。見るも無残な姿だった。私も自分で慰めるときはこんなことをしているのかな、と思うと、絶望的なほど惨めな気持ちにさえなった。でもやはりこの生き物の方が惨めだろう。がに股をした細い人間の女の脚に、上半身は魚。気持ち悪い。割れ目からは液体が出てくる。しかも肛門からは排尿、脱糞、汚い。幸い、匂いだけは水中なのでこっちまでこない。とにかく前まで自分の下半身だった肉が、そんなことをしている。鳩を両手で捕まえてそのまま握力で殺そうとしたらこんな泣き声を出すだろうな、というような形容しがたい泣き声で唸りながら。私は、前に戻りたいというよりはむしろ、自分があんな下半身だったことをなかったことにしてもともと人魚だったことにしたい気持ちになった。そういう感情的なことを思っていただけでなく私はこの悲惨な私の部屋を眺めつつも、妙に冷静に哲学をしてもいた。私は人間の知能のままだ。それで下半身は魚になっている。目の前にいる怪物は、魚の知能のままだ。人間と魚なら、知能も食欲も肉欲も、人間の方が圧倒的に上だろう。繁殖期にしか魚は交尾をしようとしないから、私の下半身は情欲しない。あらゆる生き物を食べつくす人間の食欲、年中発情期のような20代女の肉欲で、魚の知能しかもたないこの生き物は、本能を制御できないのだろう。圧死寸前の鳩の鳴き声のような、しかもそれを数十倍に増幅したような音を立てながら、下半身から汚物を垂れ流している。モノに触れる感触では満たされないらしく、また本能が外には交尾の相手がいると察知したらしく、立ち上がると、例のがに股で壁にぶつかりながらの動きで、部屋から出て行った。男の子が犯され、ニュースになるのだろうか。その子が小中学生や童貞でないことを祈った。
 そのグロテスクな肉塊が視界から消えると、とつぜん人間らしい感情が蘇った。今までおこったことは夢なのではないだろうか、いったい何が起こったのだろう、私はもとにもどれるのだろうか、不安と恐怖に襲われながら、とりあえず頭の中を整理しようとする。独身だから、だれも此処へこない。この水槽で隣に泳いでいる魚と一緒に餓死するのだろうか。郵便の書留や宅配便が来れば、異変に気付いて警察に連絡するかもしれない。警察に発見されたら、どうなるのだろうか。そういう考えが、人間の知能を保っている私の頭の中を高速で巡る。数ヶ月前に別れた彼のことや、遠くに住む両親のことが思い出された。もう会えないのだろうか。やがて想念の速度や不安感は治まり、冷静さを取り戻しながら、いろいろと考えて、そして2、3時間くらいたっただろう、突然、彼の驚いた声が聞こえた。マンションの4階の一番奥にあるのだけど、扉は怪物が開け放ったらしく、廊下からも荒らされた冷蔵庫や汚物や服や散乱したCD類が見える。驚いたに違いない。


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