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「ろうそく貰い」
【純文学 その他小説】

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「ろうそく貰い」-2

「ごめんね。今、おじさんが蝋燭探してるから。これ食べてちょっと待っててね。---のお菓子なのよ」

女はこの街の老舗のカレー屋の名を上げた。
そんな店に縁のない私はまさかカレー屋でケーキが買えるとは思いもしなかった。
恐々と口に入れると、どっしりとしたスポンジにレーズンと蜂蜜の味が広がる。
こんな美味しい食べ物があったとは!
私は脇目もふらずに口に運んだ。

「慌てなくてもまだあるから」

夢中で頬張る私を見て女がくすくすと笑い声をたてる。
初めて来た家でがっついてしまった恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かる。
その時、ようやく蝋燭が見つかったのか、男がドタドタと部屋に駆け込んできた。

「あった、あった。ほれ」

と言って男が差し出してきたのは普通の蝋燭よりも一回り以上も太いものだった。
しかも、真っ赤な色をしている。

「…ちょっと、それはヤバいんじゃない?」

女が囁くが男はニヤニヤと笑うばかりだ。

「なぁ、おめぇ、この蝋燭の使い方知ってっか?」

蝋燭に明かりを灯す以外の使い方があるのだろうか。
黙っていると男はおもむろにマッチを取り出し蝋燭に火を点けた。
部屋の電気を消すと、蝋燭の光は思ったよりもずっと明るく辺りを照らし出す。

「この蝋燭はこうやって遊ぶんだ」

男は女の手を掴むと蝋燭を傾け、女の肌に蝋を垂らしはじめた。


「もう。子供の前で…」

赤いひっかき傷の上に蝋を垂らされているというのに、女は痛そうな素振りも見せずに苦笑いをしている。

「ほれ。おめぇもやってみっか?」

そう言うと、男は突然、私の手の甲にも蝋を垂らしてきた。
思ったより熱くはなかったが、その時は只ビックリして慌てて手を引っ込めたのを覚えている。

「がっはっは。まだわらしには早かったか」

豪快に笑う男を私は怯えた目で見つめていた。

そのまま、蝋燭を受け取ると礼もそこそこに逃げるようにして屋敷を後にした。
振り返ると、窓越しに男女が蛇のように舌を絡ませ合っているのが目に入った。


結局、その日の私はあの赤い蝋燭一本しか手に入れることは出来ず、当然グループの中では最下位だった。
しばらく、私の手の甲には赤い虫さされの痕のようなものが残っていたが、やがて消えた。

あれから何度もあの屋敷を探したが、とうとう見つけることは出来なかった。
あの、坂のある街では、東京より一ヶ月も早くお盆が訪れるということを知ったのは、もっとずっと後のことである。
あの日の出来事は夢だったのか幻だったのか。それとも、灯籠の光に誘われて悪い何かがやってきたのか。
それは今でも分からない。

ただ、私の机の奥には、あの日に手の甲に残されていた赤い蝋燭の欠片が今でも静かに眠っている。


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