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『本当の自分……』
【少年/少女 恋愛小説】

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『本当の自分……』-7

身を裂くような絶叫をあげて魅也は走り出す。その姿が見えなくなるまで、俺はただ見つめているしか出来なかった。
やがて視界に風景しか映らなくなると、出口脇のベンチに俺は崩れるように座る。

「ゴメンね…由佳……」

俯いたまま、何も言わない俺に弥生が呟いた。だけど、俺は一言も声を発する事が出来なかった。


ポタッ……

俺の膝の上に水滴が落ちた。
ポタッポタッ……

まるで、雨のように後から後から、水滴が落ちる。

「…うっ……くっ……」

くぐもった声が微かに響く。そしてその声は自分の口から漏れているのだと、しばらくして俺は気付いた。両手で顔を覆い、口をきつく閉じても、漏れて来る声を……涙を……俺は止める事が出来なかった。

「由佳……泣かないで……お願いだから、泣かないでよぉ……」

泣いている?弥生に言われて俺は気付いた。そう俺は泣いていた……。

「ゴメンね……お兄さんのコト、思い出させちゃって……」

俺は無言で首を振る。

違う……俺には兄なんていないんだよ弥生……

本当はそう言いたかった。どんなに辛いコトがあっても、心の中にはヨシキがいる……。それだけが心の支えだった。
どんな事があっても、手放す気などなかった……。

だけど……今日、俺はこの手で……他の誰でもない、自分の手で……

俺を殺してしまった……


最悪の気分だった……。あのあと俺は、しばらく泣き続けていた。結局、その後どこにも行く気になれず、予定を切り上げてマンションに弥生と帰って来てしまった。

「少し、横になってもいい?」

そう言う俺に、弥生は無言で頷いた。部屋に入りかけて立ち止まると、俺は弥生の方を振り返った。

「弥生……」
「ん?」
「せっかくの休み、台なしにしちゃってゴメンね……」

俺のせいで弥生に嫌な気分を味合わせしまった……。悔やんでも悔やみきれなくて、やる瀬ない。やっぱり、人と関わりなんか持つべきじゃなかったんだ。
俺は部屋に入るとボストンに荷物を詰め始める。

「何してるの?」

不意に後ろから声を掛けられて振り向くと、戸口に弥生が立っていた。

「やっぱり……私、帰るね。」
「どう…して?」
「弥生に申し訳なくて……だから、もういられない。ゴメンね……」

そう言って立ち上がった俺に、弥生が飛び込んで来た。そのまま俺の手からボストンをもぎ取ると部屋の隅に放り投げて叫ぶ。

「ダメ!!帰さない!」

弥生の小さな手が俺をギュッと抱き締めた。

「今の由佳を一人でなんて帰せないよ。どうしても帰るって言うなら、あたしも帰る!!」
「な、何言ってるの?そんなコトしたら圭子さんに悪いわ……」
「だったらいて!!お願い…帰らないでよぉ……」

弥生が泣いていた。それは本当に不思議な気分だった。なんでそんなに必死になって引き止めるんだろう。俺の事なんか、ほっといていいのに……。だけど、今は弥生の温もりだけが俺を癒してくれる……そんな感じが胸を包んでいた。

「わかったわ。帰らないから……ね?弥生」
「ホントに?」
「うん、約束する。だけど、ゴメンね。御飯は食べられそうにないの。」
「いいよ、夜にお腹が空いたら、あたしが何か作ってあげる。だから休んでて……」

頬に涙の跡を残したまま、弥生はにっこりと笑う。その言葉に頷き、今度こそ本当に横になった俺は、精神的にも肉体的にも疲れていたのか、コトンと眠りに落ちてしまった。

次に目を覚ましたとき、多分深夜なっていたのだろう、部屋は静まり返っていた。隣から弥生の規則正しい寝息が聞こえて来る。そっと部屋を抜け出した俺は、真っ暗なままのリビングの椅子に坐った。

静かに目を閉じると、昼間の出来事が蘇って来る。泣き叫ぶ魅也の顔……。それが心を、悲しみという色で塗り潰して行く。溢れ出す感情に、俺は声を押し殺して静かに泣いた。

魅也の為に……

自分の為に……



「眠れないの?」

突然声を掛けられて、俺はビクンと身体を震わせた。よく見ると、寝室の扉のところに圭子さんが立っていいて、俺の方を見ている。慌てて顔を擦っていると、彼女は俺の隣に坐った。

「ごめんなさい、もう寝ますから……」
「いいのよ、ねぇ由佳ちゃん、少しお話でもしない?明かりを点けてもいいかしら?」
「……はい……」


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